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清坂作之助

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

清坂 作之助[1][2](きよさか さくのすけ、1847年1月19日弘化3年12月3日[3] - 没年不明)は、日本商人皮革商)[4][5]資産家[3]名望家[6]。族籍は大阪府平民[3][5]

人物

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大阪府出身。清坂家に入り、1869年5月に分かれて一家を創立する[3]。皮革商を営む[5]。資産家であり、直接国税530余円を納める[3]学務委員[1]、組合の取締[7]をつとめる。浄瑠璃を得意とする[1]。住所は大阪市南区西浜南通3丁目[3](現・浪速西[8])。

家族・親族

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清坂家
親戚

脚注

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  1. ^ a b c 『大阪の公人 附・聯合区制の小史』1019 - 1020頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年12月17日閲覧。
  2. ^ 『大日本紳士鑑』265頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年12月17日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h 『人事興信録 第5版』き32頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年12月17日閲覧。
  4. ^ 『関西実業名鑑 大阪府摂津国』大阪市105頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年12月17日閲覧。
  5. ^ a b c 『人事興信録 第4版』き25頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年12月17日閲覧。
  6. ^ 『帝国名望家大全』110頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年12月17日閲覧。
  7. ^ 『日本食肉史基礎資料集成 第68輯(弾左衛門由緒書)』423頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年12月17日閲覧。
  8. ^ 『摂津役人村文書』24頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年12月17日閲覧。
  9. ^ 『日本紳士録 第46版』大阪キの部80頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年12月17日閲覧。
  10. ^ a b c d e 『人事興信録 第13版 上』キ89頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年12月17日閲覧。
  11. ^ a b c d e 『人事興信録 第7版』き36頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年12月17日閲覧。

参考文献

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  • 妹尾久造編『大日本紳士鑑』経済会、1895年。
  • 吉野民司編『帝国名望家大全』吉野民司、1895年。
  • 『関西実業名鑑 大阪府摂津国』、1907年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第7版』人事興信所、1925年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第46版』交詢社、1942年。
  • 編集解説者 盛田嘉徳『摂津役人村文書』大阪市浪速同和教育推進協議会、1970年。
  • 栗田奏二『日本食肉史基礎資料集成 第68輯(弾左衛門由緒書)』栗田、1980年。