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柴田健治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
柴田健治
しばた けんじ
生年月日 1916年11月14日
出生地 日本の旗 日本 岡山県
没年月日 (1984-03-09) 1984年3月9日(67歳没)
出身校 倭文村秀実高等尋常小学校卒業
所属政党 日本社会党

選挙区 旧岡山1区
当選回数 4回
在任期間 1967年1月29日 - 1969年12月2日
1972年12月10日 - 1980年5月19日

選挙区 久米郡選挙区
当選回数 4回
在任期間 1951年 - 1967年1月1日

第5代 倭文村
在任期間 1948年8月2日 - 1951年3月31日
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柴田 健治(しばた けんじ、1916年11月14日[1] - 1984年3月9日[2][3])は、日本政治家日本社会党衆議院議員(4期)。

経歴

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岡山県出身[1][3]1930年倭文村(現津山市)秀実尋常高等小学校を卒業した[1][3]1946年に日本社会党に入党した[1]1948年8月2日に第5代倭文村長に就任した[4][5][注釈 1]1951年3月31日に村長を退任した[4][5]。同年に岡山県議会議員選挙に久米郡選挙区から社会党で立候補して、当選した[2][6][7]1967年1月1日に辞職するまで4期務めた[2][8]。同年の第31回衆議院議員総選挙岡山1区から立候補して当選し4期務めた[2]。この間、社会党岡山県本部委員長や党農林水産部会長などを務めた[3]1980年第36回衆議院議員総選挙で落選[9]1982年12月に政界を引退した[2]。このほか日本消防協会副会長なども務めた[3]1984年3月9日4時17分に腎不全のため死去した[2]

出典

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注釈

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  1. ^ 『愛生 38(5)(509);昭和59年5/6月号』には昭和22年とある[2]

脚注

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  1. ^ a b c d 日本国・国会全議員名鑑 中』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  2. ^ a b c d e f g 愛生 38(5)(509);昭和59年5/6月号』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  3. ^ a b c d e 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』 309頁。
  4. ^ a b 岡山県市町村合併誌 市町村編』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  5. ^ a b 岡山県市町村合併誌 市町村編』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  6. ^ 岡山県議会史 第7編(昭和22年-同30年)』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  7. ^ 岡山県議会史 第7編(昭和22年-同30年)』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  8. ^ 岡山県議会史 第9編 (自昭和38年至昭和50年)』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  9. ^ 岡山1区 - 第36回衆議院議員選挙(衆議院議員総選挙)1980年06月22日投票 | 選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2024年6月18日閲覧。

参考文献

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