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来迎院 (龍ケ崎市)

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来迎院
来迎院の本堂(茨城県龍ケ崎市)
来迎院の本堂
所在地 茨城県龍ケ崎市馴馬町2362
位置 北緯35度55分4.6秒 東経140度10分15.2秒 / 北緯35.917944度 東経140.170889度 / 35.917944; 140.170889座標: 北緯35度55分4.6秒 東経140度10分15.2秒 / 北緯35.917944度 東経140.170889度 / 35.917944; 140.170889
山号 箱根山
宗旨 天台宗
創建年 永正14年(1517年)草創、弘治2年(1556年)伽藍建立
正式名 箱根山宝塔寺来迎院
文化財 多宝塔(国の重要文化財
法人番号 4050005007783 ウィキデータを編集
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来迎院(らいごういん)は、茨城県龍ケ崎市にある天台宗寺院。山号は箱根山。箱根山宝塔寺来迎院と号する。

歴史

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永正14年(1517年)、常陸国河内郡小野村(現・稲敷市小野)の逢善寺によって、同郡馴馬村に建てられた草堂が当寺の起源と伝える。弘治2年(1556年)、延暦寺の覚仙が当地に伽藍を建立し一世となった。以後の歴史は判然としないが、江戸の寛永寺の援助で堂宇の再興が行われており、同寺との関係が深かったものと推定される。[1]

寛永8年(1631年)玄幸が再興し、寛政3年(1791年)、寛永寺から二百両を拝領して庫裡・本堂が再建されている。

文化財

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重要文化財(国指定)

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来迎院多宝塔
  • 多宝塔 - 関東以北に残る数少ない中世多宝塔の例[2]。通常の三間多宝塔で、屋根は杮葺き。初層内部は後方寄りに来迎柱を立て、須弥壇を設ける。初層の地垂木上に柱盤を設け、上層の柱はそこから立つ。相輪宝珠の刻銘から、当地の守護で江戸崎城主であった土岐治英の援助で弘治2年(1556年)に建立されたものとみられる[3]。施行には当時、現在の茨城県南部地方で活動していた前嶋大工が関わっている。細部の建築様式や、同時期の建立である西蓮寺仁王門(天文12年・1543年建立)との比較から、来迎院多宝塔の建立も16世紀半ばとみられる[1]。修理は1860年安政7年)、1894年明治27年)、1919年大正8年)、1961年昭和36年)、1998年平成10年) - 2001年(平成13年)に行われた。[4]

境内

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その他

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毎年12月23日に火防祭火渡りを行っている

脚注

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  1. ^ a b 『月刊文化財』519号、pp.9 - 10
  2. ^ 「多宝塔」は円形塔身の一重塔に裳階を付した形が原形であるが、構造的には方形の初層の上に円形の上層を乗せた二重塔である。
  3. ^ 刻銘には「弘治2年修繕」とあるが、重要文化財指定時の文化庁の説明では、建築様式や他の同時代建築との比較から、弘治2年を実質的な建立年としている。
  4. ^ 龍ケ崎市歴史民俗資料館パンフレット 2010年3月15日発行

参考文献

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  • 「新指定の文化財」『月刊文化財』519号、第一法規、2006

外部リンク

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