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札幌オリンピック記念国際スキージャンプ競技大会

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札幌オリンピック記念スキージャンプ競技大会は、札幌市で開催されるスキージャンプの大会である。

概要

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1972年に開催された札幌オリンピックを記念して1973年に「札幌五輪記念国際ジャンプ競技大会」として大倉山ジャンプ競技場で初開催された[1]。第2回まではSTV杯と兼ねて実施された[1]

第3回(1975年)より独立開催となり、第20回(1992年)まで「札幌五輪記念国際スキージャンプ競技大会」の名称で開催された。第9回(1981年)より少年の部は設定されなくなった。第10回(1982年)は国際スキー連盟(FIS)公認のワールドカップが兼ねられ、またこの回より会場が宮の森ジャンプ競技場に変更された。第19回(1991年)から第21回(1993年)まではコンチネンタルカップの前身である環太平洋カップが兼ねられた[1]

第21回(1993年)より「札幌オリンピック記念国際スキージャンプ競技大会」となり、第22回(1994年)より第46回(2018年)まではコンチネンタルカップを兼ねて行われた。第47回(2019年)より国内試合となり、「札幌オリンピック記念スキージャンプ競技大会」の名称となりあわせて女子組が新設された。

コンチネンタルカップを兼ねていた時は、成人の日1月15日に日付固定されていた頃はこの日に開催されていたが、成人の日が1月第2月曜の曜日固定(ハッピーマンデー制度)になってからは、概ね1月第2金曜の開催が増えた。その当時は近接してラージヒルのコンチネンタルカップを兼ねる「HTB杯」「STV杯」が開催され、年度によっては「NHK杯」「HBC杯」等も連続し「冬の札幌ジャンプ3連戦(4連戦)」を形成していた。

第52回大会(2024年)は荒天により当初の予定より[2]1日順延されて実施された。

歴代優勝者

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男子組

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  • 第8回まで「成年の部」として開催された。
回数 日付 会場 氏名 所属 得点 1本目(m) 2本目(m)
1[3] 1973 2 11 大倉山シャンツェ タウノ・ケユヒケ フィンランド 241.1 108.0 101.0
2[3] 1974 1 13 大倉山シャンツェ 笠谷幸生 ニッカウヰスキー 251.4 115.0 101.0
3[4] 1975 1 12 大倉山シャンツェ 笠谷幸生 ニッカウヰスキー 242.2 105.0 108.0
4 1976 1 10 大倉山シャンツェ アロイス・リップブルガー オーストリア 255.0 108.0 112.0
5 1977 1 15 大倉山シャンツェ ヴァルター・シュタイナー スイス 265.2 113.0 110.0
6 1978 1 15 大倉山シャンツェ B.ナース ノルウェー 273.1 118.0 113.5
7 1979 1 14 大倉山シャンツェ タピオ・ライサネン フィンランド 203.5 97.0 95.5
8 1980 1 15 大倉山シャンツェ 秋元正博 地崎工業 236.6 110.5 98.5
9 1981 1 15 大倉山シャンツェ オーレ・ブレムセット ノルウェー 234.8 99.0 108.0
10 1982 1 15 宮の森シャンツェ ホースト・ビューロー カナダ 229.2 83.0 82.5
11 1983 1 15 宮の森シャンツェ L.ベクシャイダー 西ドイツ 223.2 84.0 76.5
12 1984 1 14 宮の森シャンツェ 松橋暁 たくぎん 214.7 88.0 89.0
13 1985 1 15 宮の森シャンツェ 坂口昇平 雪印乳業 224.0 86.5 93.5
14 1986 1 15 宮の森シャンツェ 秋元正博 地崎工業 217.6 94.5 84.0
15 1987 1 15 宮の森シャンツェ H.ユリプリ フィンランド 226.9 88.0 93.5
16 1988 1 15 宮の森シャンツェ ミカ・コヨンスキ フィンランド 204.7 87.5 84.5
17 1989 1 14 宮の森シャンツェ 東輝 駒大岩見沢高校 222.4 90.0 89.5
18 1990 1 15 宮の森シャンツェ 二階堂学 東洋実業グループ 208.4 88.0 84.0
19 1991 1 15 宮の森シャンツェ 東和広 日本空調サービス 229.0 90.5 89.5
20 1992 1 15 宮の森シャンツェ 須田健仁 東京美装 210.4 89.0 82.5
21 1993 1 15 宮の森シャンツェ 葦本祐二 東洋実業グループ 241.1 89.5 96.5
22 1994 1 15 宮の森シャンツェ 原田雅彦 雪印乳業 219.0 94.5 81.5
23 1995 1 16 宮の森シャンツェ 安崎直幹 NTT北海道 230.0 85.5 96.0
24 1996 1 15 宮の森シャンツェ 野呂田義一 デサント 230.0 85.5 96.0
25 1997 1 15 宮の森シャンツェ E.グローエン ノルウェー 223.5 84.0 92.0
26 1998 1 15 宮の森シャンツェ 岡部孝信 雪印乳業 241.0 90.5 92.0
27 1999 1 15 宮の森シャンツェ 西方仁也 雪印乳業 236.5 92.5 89.5
28 2000 1 14 宮の森シャンツェ 葛西紀明 チームマイカル 244.0 90.0 94.5
29 2001 1 12 宮の森シャンツェ 吹田幸隆 雪印乳業 232.5 86.0 93.5
30 2002 1 11 宮の森シャンツェ 東輝 日本空調サービス 253.0 96.5 92.5
31 2003 1 10 宮の森シャンツェ M.ソーレム ノルウェー 245.0 93.5 94.0
32 2004 1 9 宮の森シャンツェ S.カイザー オーストリア 240.0 96.5 92.5
33 2005 1 14 宮の森シャンツェ 一戸剛 アインズ 241.0 94.5 90.5
34 2006 1 13 宮の森シャンツェ 岡部孝信 雪印乳業 265.0 100.5 100.0
35 2007 1 12 宮の森シャンツェ ヴォイチェフ・スクーピエン ポーランド 244.0 90.5 98.0
36 2008 1 11 宮の森シャンツェ シュテファン・ホッケ ドイツ 252.5 95.0 97.5
37 2009 1 9 宮の森シャンツェ 岡部孝信 雪印乳業 262.0 97.5 97.5
38 2010 1 8 宮の森シャンツェ アンデシュ・バーダル ノルウェー 241.5 92.0 94.0
39[5] 2011 1 8 大倉山シャンツェ 湯本史寿[6] 東京美装 245.4 119.0 131.5
40 2012 1 20 宮の森シャンツェ 伊東大貴 雪印メグミルク 260.5 96.5 98.5
渡瀬雄太 雪印メグミルク 260.5 102.0 95.0
41 2013 1 11 宮の森シャンツェ フェリックス・ショフトドイツ語版 ドイツ 249.5 95.0 95.5
42 2014 1 17 宮の森シャンツェ 清水礼留飛 雪印メグミルク 252.0 92.0 99.0
43 2015 1 16 宮の森シャンツェ ミラン・ズバンチッチドイツ語版 スロベニア 251.0 81.0 100.0
44 2016 1 22 宮の森シャンツェ トマーシュ・ヴァンチュラ チェコ 246.0 95.0 94.0
45 2017 1 20 宮の森シャンツェ ミラン・ズバンチッチ スロベニア 253.7 100.5 95.0
46 2018 1 20 宮の森シャンツェ ロベルト・クラニェツ スロベニア 215.7 96.0 92.5
47 2019 1 6 宮の森シャンツェ 清水礼留飛 雪印メグミルク 223.0 91.5 88.0
48 2020 3 4 宮の森シャンツェ 新型コロナウイルス感染症拡大防止のため中止[7]
49 2021 3 3 宮の森シャンツェ 清水礼留飛 雪印メグミルク 230.6 96.0 92.0
50 2022 3 2 宮の森シャンツェ 渡部陸太 東京美装 229.6 92.5 95.5
51 2023 3 1 宮の森シャンツェ 岩佐勇研 東京美装 226.7 90.5 95.5
52 2024 2 29 宮の森シャンツェ 佐藤幸椰 雪印メグミルク 256.4 101.0 94.5

女子組

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回数 日付 会場 氏名 所属 得点 1本目(m) 2本目(m)
47 2019 1 6 宮の森シャンツェ 高梨沙羅 クラレ 235.0 92.5 92.0
48 2020 3 4 宮の森シャンツェ 新型コロナウイルス感染症拡大防止のため中止[7]
49 2021 3 3 宮の森シャンツェ 岩佐明香 大林組 225.3 100.0 87.5
50 2022 3 2 宮の森シャンツェ 佐藤柚月 札幌羊丘中学校 188.4 86.5 86.0
51 2023 3 1 宮の森シャンツェ 岩佐明香 大林組 218.3 92.0 96.5
52 2024 2 29 宮の森シャンツェ 葛西春香 早稲田大学 218.2 99.0 97.5

少年の部

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回数 日付 会場 氏名 所属 得点 1本目(m) 2本目(m)
1[3] 1973 2 11 大倉山シャンツェ 小田切秀烈 専修大学 119.1 73.5 70.5
2[3] 1974 1 13 大倉山シャンツェ 秋元正博 岩見沢商業高校 165.1 90.0 84.0
3 1975 1 12 大倉山シャンツェ
4 1976 1 10 大倉山シャンツェ 今巧 小樽北照高校 157.3 90.0 97.0
5 1977 1 15 大倉山シャンツェ 川村有司 余市高校 164.8 91.0 81.0
6 1978 1 15 大倉山シャンツェ G.アベラー オーストリア 234.4 101.5 109.5
7 1979 1 14 大倉山シャンツェ 会沢仁康 駒大岩見沢高校 175.2 84.0 94.0
8 1980 1 15 大倉山シャンツェ ホースト・ビューロー カナダ 206.6 95.0 96.5
  1. ^ a b c SKI JUMP DATA BANK、2007年10月7日のアーカイブ
  2. ^ 第52回大会開催要項
  3. ^ a b c d 第1回および2回大会は、STV杯と併催された。
  4. ^ ノルウェーのアニタ・ウォルドが女性選手として初めて参加し、39位となった。
  5. ^  第39回大会は1月7日に予定されていたが、天候不良のため順延となり、1月8日のHTB杯終了後に大倉山シャンツェで行われた。湯本はこのHTB杯でも優勝しており「1日に2勝」した。
  6. ^ コンチネンタルカップとしてはスロベニアのミトヤ・メツナーが優勝(全体の2位)
  7. ^ a b 大会開催中止について”. 2020年2月26日閲覧。

出典リンク

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