朝鮮人民軍偵察総局
朝鮮人民軍偵察総局(ちょうせんじんみんぐんていさつそうきょく)は、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の政府機関である国防省傘下の対外諜報・特殊工作機関。大韓民国(以下、韓国)や第3国に対するスパイ浸透、拉致や要人暗殺、情報収集、世論工作、各種破壊工作、違法な物品の密売・密輸による外貨獲得などを担当する。
歴史
[編集]2009年に、朝鮮人民軍総参謀部偵察局、朝鮮労働党作戦部、朝鮮労働党対外情報調査部が統合して発足した[注釈 1]。新たに発足した偵察総局は、総政治局、総参謀部と並ぶ人民武力部の三大機関となった。初代総局長は金英哲であり[3][4]、2017年9月以前に張吉成(チャン・ギルソン)が金英哲の後継として総局長に就任したと見られている[5]。
偵察総局が韓国に亡命していた黄長燁の暗殺計画を企て、脱北者に偽装させた工作員を韓国に入国させ、2010年に工作員が韓国当局に逮捕されたことがあるほか[6]、韓国政府により偵察総局が天安沈没事件を主導したと認定されている[7]。また、2011年には偵察総局が韓国の金寛鎮国防長官暗殺計画を企てた疑惑も提起されている[8]。2017年にマレーシア・クアラルンプールで金正男が殺害された事件では、李韓永殺害事件の実行犯の1人が課長を務める毒殺専門の偵察総局19課が中心的役割を果たしたと見られている[9]。
また、朝鮮労働党や国務委員会(旧:国防委員会)傘下の各種機関と共に各国へのサイバー攻撃も担っており[10]、2013年3月には、あらかじめオンラインでアクセスしてコンピューターウイルスを仕込んでおいた韓国の金融機関や放送局のコンピューターをいっせいにダウンさせたり[11]、同年秋には、ウイルスが仕込まれたオンライン賭博ゲーム用のコンピュータプログラムを韓国に安く販売し流通させ、外貨稼ぎやサイバー攻撃に利用しようとしたことが判明している[12](詳細は北朝鮮サイバー軍を参照)。
2019年12月に林光日が張吉成の後任として総局長に就任したと見られている[13]。
2024年10月30日、ウクライナは李昌虎(リ・チャンホまたはイ・チャンホ)副総参謀長兼偵察総局長が北朝鮮人民軍のロシア派遣に伴い現地入りをしたことを国際連合安全保障理事会に報告した[14][15]。
歴代局長
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 総参謀部偵察局は、偵察活動のみならず、要人の拉致や暗殺、機密文書の奪取、謀略工作、重要施設物の爆破などを任務としていた[1]。1983年のアウンサン廟爆破事件(ラングーン事件)や1996年の江陵浸透事件(江陵潜水艦座礁事件)などは偵察局の活動である[1]。各500人で編成される4個偵察旅団と作戦組20が直属し、他に前線配置軍団所属の4個大隊、海上処・海軍・空軍所属の部隊、レーダー部隊などがある[1]。偵察局直属の偵察旅団隊員と作戦組隊員は頻繁に日本本土や沖縄諸島に侵入している[1]。労働党作戦部は赤化統一を目標に「対南工作」をおこなう情報機関で、養成機関を設けて工作員養成などもおこなう[2]。対外情報調査部は第3国を経由した韓国内へのスパイの浸透を担当する機関である。
出典
[編集]- ^ a b c d 清水(2005)pp.166-169
- ^ 安(2005)pp.172-177
- ^ “北朝鮮、対韓国・海外工作機関を「偵察総局」に統合”. 聨合ニュース. (2009年5月10日)
- ^ “偵察総局内紛で金英徹降格”. アジアプレス・ネットワーク. (2012年11月19日). オリジナルの2013年12月15日時点におけるアーカイブ。
- ^ “北情報機関トップ 軍幹部が就任か サイバー攻撃など関与も”. 東京新聞. (2017年10月13日). オリジナルの2018年2月10日時点におけるアーカイブ。
- ^ “北偵察総局所属の‘黄長燁暗殺組’2人を検挙”. 中央日報. (2010年4月21日)
- ^ “哨戒艦沈没:「北の偵察総局の仕業と確認」”. 朝鮮日報. (2010年5月7日)
- ^ “北がキム国防長官の暗殺を計画”. デイリーNK. (2011年8月10日). オリジナルの2013年12月17日時点におけるアーカイブ。
- ^ “正男氏事件、毒殺専門部署が関与か 97年にいとこ殺害”. 朝日新聞デジタル. (2017年2月24日)
- ^ “金正恩「サイバー戦は万能の宝剣」、3大戦争手段として運用(1)”. 中央日報. (2013年11月5日)
- ^ “韓国政府「北偵察総局の犯行」…サイバー攻撃”. YOMIURI ONLINE. (2013年4月10日). オリジナルの2013年12月17日時点におけるアーカイブ。
- ^ “ウイルス仕込まれた北朝鮮開発のゲーム流通 韓国検察、業者を起訴”. MSN産経ニュース. (2013年10月22日). オリジナルの2014年5月20日時点におけるアーカイブ。
- ^ “北朝鮮、過去1年余りで主要幹部の8割が交代”. デイリーNK. (2020年5月14日)
- ^ “ウクライナ、北朝鮮派遣兵の統括役を安保理に報告 金正恩氏側近”. ロイター (2024年10月31日). 2024年11月1日閲覧。
- ^ “「北朝鮮軍の対南工作総括、李昌虎偵察総局長もロシア派兵」”. 中央日報 (2024年10月31日). 2024年11月1日閲覧。
参考資料
[編集]- 安明進 著、金燦 訳『北朝鮮拉致工作員』徳間書店〈徳間文庫〉、2000年3月。ISBN 978-4198912857。
- 安明進 著、太刀川正樹 訳『新証言・拉致』廣済堂出版、2005年4月。ISBN 4-331-51088-3。
- 康明道 著、尹学準 訳『北朝鮮の最高機密』文藝春秋〈文春文庫〉、1998年10月(原著1995年)。ISBN 978-4167550165。
- 金賢姫 著、池田菊敏 訳『金賢姫全告白 いま、女として(上)』文藝春秋、1991年9月。ISBN 4163456406。
- 金賢姫 著、池田菊敏 訳『金賢姫全告白 いま、女として(下)』文藝春秋、1991年9月。ISBN 4163456503。
- 清水惇『北朝鮮情報機関の全貌』光人社、2004年5月。ISBN 4-7698-1196-9。
- 清水惇『北朝鮮軍の全貌』光人社、2005年12月。ISBN 4-7698-1282-5。
- 高沢皓司『宿命-「よど号」亡命者たちの秘密工作』新潮社〈新潮文庫〉、2000年7月(原著1998年)。ISBN 978-4101355313。
- 張龍雲『朝鮮総連工作員―『黒い蛇』の遺言状』小学館〈小学館文庫〉、1999年10月。ISBN 978-4094037111。
- 全富億『北朝鮮の女スパイ』講談社、1994年4月。ISBN 4-06-207014-6。
- 全富億『北朝鮮のスパイ戦略』講談社〈講談社プラスアルファ文庫〉、2002年10月(原著1999年)。ISBN 978-4062566797。
- 李友情作・漫画『マンガ金正日入門 拉致国家北朝鮮の真実』李英和訳・監修、飛鳥新社、2003年8月。ISBN 4-87031-575-0。
- 李友情作・漫画『マンガ金正日入門 北朝鮮将軍様の悪夢』 2巻、李英和訳・監修、飛鳥新社、2004年3月。ISBN 4-87031-602-1。
- 別冊宝島編集部 編『決定版! 北朝鮮ワールド』宝島社〈宝島社文庫〉、2003年12月。ISBN 978-4796638166。
- 『横田めぐみは生きている 安明進が暴いた日本人拉致の陰謀』講談社〈講談社MOOK〉、2003年4月。ISBN 4-06-179395-0。