コンテンツにスキップ

有馬純彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
有馬 純彦
生誕 1890年5月28日
日本の旗 日本 鹿児島県
死没 (1944-07-18) 1944年7月18日(54歳没)
日本の旗 日本 サイパン島付近
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1912年 - 1944年
最終階級 陸軍少将
テンプレートを表示

有馬 純彦(ありま すみひこ、1890年明治23年)5月28日[1] - 1944年昭和19年)7月18日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。

経歴

[編集]

1890年(明治23年)に鹿児島県で生まれた[1]陸軍士官学校第24期卒業[1]1938年(昭和13年)7月15日陸軍歩兵大佐進級と同時に都城連隊区司令官に着任[2]1940年(昭和15年)8月に歩兵第23連隊長に転じ[2]1941年(昭和16年)12月に第11国境守備隊長を経て[2]1944年(昭和19年)4月2日に第24歩兵団司令部附となった[3]4月4日には第24師団からの充当部隊と独立歩兵3個大隊から編制された第9派遣隊長に就任し[2][4]サイパン島に出征[4]5月27日には第4派遣隊を改編した独立混成第49旅団長に転じ[2][4][5]ヤップ島に配備されたが[4]、戦傷を負ったことから6月26日第31軍司令部附となり[2]サイパン島付近で遭難し[5]7月18日に戦死[1][2]。同日任陸軍少将[1]

脚注

[編集]

参考文献

[編集]
  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026 
  • 藤井非三四 著『知られざる兵団 帝国陸軍独立混成旅団史』国書刊行会、2020年。ISBN 4336065977