新城市立東郷西小学校
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新城市立東郷西小学校 | |
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北緯34度54分32.3秒 東経137度30分29.4秒 / 北緯34.908972度 東経137.508167度座標: 北緯34度54分32.3秒 東経137度30分29.4秒 / 北緯34.908972度 東経137.508167度 | |
過去の名称 | 東郷村立東郷西小学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 新城市 |
設立年月日 | 1874年 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | B123210007319 |
所在地 | 〒441-1362 |
愛知県新城市平井字東原37-1 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
新城市立東郷西小学校(しんしろしりつ とうごうにししょうがっこう)は、愛知県新城市にある公立小学校。 元 東郷村立東郷西小学校
概要
[編集]- 校区は平井の一部、上平井、矢部、富沢、富永であり、公立中学校に進む場合は新城市立東郷中学校に進学する[1]。
- 旧・南設楽郡東郷村の小学校であった。
- 新城市立東郷西こども園出身の児童が多い。
- 戦時中、二宮金次郎像が金属供出のため無くなった。その後、木像が作られた。
沿革
[編集]- 1872年(明治5年) - 新町村に新街学校が開校。最勝院[注釈 1] を仮校舎とする。新町村、片山村、上平井村、下平井村、宗高村、東矢部村、西矢部村の児童が通学する。
- 1874年(明治7年)10月 - 新街学校から片山村、上平井村、下平井村、宗高村、東矢部村、西矢部村が離脱し、下平井村に下平井学校が開校する。
- 1878年(明治11年) -
- 下平井村と宗高村が合併し、平井村となる。
- 上平井村と恵美酒方村が合併し、上平井村となる。
- 東矢部村と西矢部村が合併し、矢部村となる。
- 1887年(明治20年) - 尋常小学下平井学校に改称する。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 平井村、上平井村、富沢村、矢部村が合併し、平井村が発足。
- 1890年(明治23年)10月 - 校舎を新築し、移転する。
- 1892年(明治25年)10月 - 平井尋常小学校に改称する。平井村字富沢が校区に加わり、西郷村字片山(旧・片山村)が千郷尋常高等小学校校区に移る。
- 1904年(明治37年)5月 - 校舎を新築し、移転する。
- 1906年(明治39年)
- 1909年(明治42年)4月 - 高等科を設置し、東郷第一尋常高等小学校に改称する。
- 1910年(明治43年)4月 - 東郷西尋常高等小学校に改称する。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 東郷西国民学校に改称する。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 東郷村立東郷西小学校に改称する。
- 1953年(昭和28年) - 校舎を新築する。
- 1955年(昭和30年)4月15日 - 南設楽郡新城町、千郷村、東郷村と八名郡舟着村、八名村と合併し、南設楽郡新城町となる。同時に新城町立東郷西小学校に改称する。
- 1958年(昭和33年)11月1日 - 新城町が市制施行し、新城市となる。同時に新城市立東郷西小学校に改称する。
- 1963年(昭和38年)8月 - 校舎(鉄筋コンクリート造)を新築する。
- 1988年(昭和63年)2月 - 校舎を増築する。
- 1992年(平成4年)2月 - 体育館が完成する。
交通アクセス
[編集]- JR東海飯田線茶臼山駅下車、徒歩約12分。
- JR東海飯田線東新町駅下車、徒歩約14分。
- 豊鉄バス新豊線、田口新城線「新城東高校」バス停より徒歩約5分。
- 新城市Sバス中宇利線、作手線「新城東高校」バス停より徒歩約5分。
周辺施設
[編集]参考文献
[編集]- 新城市誌編集委員会『新城市誌』新城市、1963年、pp. 556-557 645-649 685-694 現在編(附属冊子)pp. 232-241
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 現在の愛知県新城市字屋敷28にある寺院。