忌み小屋
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忌み小屋(いみこや)、忌屋(いみや)[2]とは、昔女性が出産する際、または月経中に使用された小屋[注 1]。月経小屋(英: Menstruation hut)とも[5]。
概説
[編集]月経中の女性や経血を穢れ、畏れの対象とする社会は多い[6]。世界的に「血穢(経血の穢れ)」に基づく「月経不浄視」があり[7][8]、世界各地で、月経中の女性を小屋に隔離する慣習や、月経中の女性は舟に乗ってはいけない、食品を加工してはいけない、といった、月経に関して女性の行動を制限する決まりが見られる[7][6]。女性不浄視に基づく女性差別的な風習であり、現代では一部で続いているが、近代化に伴い廃れている。一方、月経小屋に集まって過ごす時間は、先輩から様々な知恵を学ぶ等、女性達にとって特別なものでもあった[9]。
日本
[編集]日本では、出産[注 2]に際して用いられる産小屋(産屋[15]とも)と兼ねる場合もあった[16]。さらに、 広く忌みに服するための他屋(あるいは他家、田屋)[17][18][注 3]や、一時使用のための仮屋も月経・出産に際して用いられた[23][12]。同じく忌み小屋や忌屋も字義通りなら広く忌みの状態にある人のいる家屋をさした[2]。
日本では元々、月経は神聖視され、穢れとは考えられていなかった。古代の日本では、血は忌むべきものではなく、血には霊力が宿り、豊穣をもたらすと考えられ、月経があるがゆえに女性は神と交流できると考えられていた[24]。出血しても死に至ることのない月経は「神のみがなせる神秘の出来事」であり、月経期間中は神聖視され、それゆえに別火、別屋で過ごした[24][25]。
男性支配が強まる大和朝廷の頃には、月経は徐々に畏れられると同時に、不気味なもの、穢れたものとして忌避されるようになっていったと考えられる[24]。当初の女性および月経に対する穢れ観は、祓いで消滅する一時的なものというものだったが、沖縄などの一部の地域を除き、月経を恒常的・永続的に、秘すべき、恥ずべき、忌むべきものと見る月経の穢れ観が徐々に浸透していった[24]。月経の神聖視は薄まりながらも、平安時代中頃まで続いていたが、平安京の貴族社会を中心に穢れとしての月経観が定着していった[25]。日本仏教は、室町時代(15世紀)に日本に伝わった偽経「血盆経」信仰を布教し、出産・月経の出血の罪業で女性は死後血の池地獄に堕ちるが、血盆経を唱えれば救済されると説き、女性信者を集めており、日本には全国的に、血穢に基づく女性に対する忌小屋等の習俗は、血盆経信仰が熱心に行われた地域で特に多い[7]。
ひろさちやは、月経中の女性は穢れ(気が枯れている)の状態で、それゆえに月経中の女性がこれ以上消耗しないために忌み小屋で夫と離れて一時期に生活していたとしている。「穢れ」は「汚い」という意味ではなく、「気が枯れている[26]」、つまり生命力が落ちている状態を指すという。
島根県古代文化センターの石山祥子は、月経中の女性が隔離される風習の根底にある思想自体は支持できるものではないが、日々の労働や家事から離れ安静に過ごせる面もあったと述べており[27]、女性からは「体を休めることができた」という声もある[28]。一方、裁縫などの労働を「普段以上に強いられていた」という証言も残されている[28]。
月経を穢れたものとする観念は、1872年(明治5年)に明治政府が法令を発布し廃止されたが、実際にはすぐに解消されたわけではなく、戦後まで根強く残っていた地域もあった[28]。忌小屋の習慣は地方によっては比較的近年まで行われており[6]、家族と離れて食事を取る風習が戦後まで続いたところもあった[27]。
アジア
[編集]近年ではネパールで2016年に10代の女子が月経小屋で死亡しており、現在も続き、過酷な風習となっている地域もある[29]。 ネパールの月経小屋の慣習チャウパディはヒンドゥー教に根差しており、不衛生、寒さ、栄養不足等によって病気になったり、性的暴行を受けたり、野生動物に襲われるなどの被害を受けたり、命を失うこともある[29][30]。チャウパディは2018年に非合法化したが、慣習が終わったわけではない[31]。2019年には、月経小屋内で暖を取るための火の換気不良により亡くなった21歳の女性の件で義兄が逮捕された事例が報道されている[32]。
類例について言及・描写のある作品
[編集]- 『銀の海 金の大地』 - 大和王権初期の近畿を舞台した氷室冴子の少女向け歴史ファンタジー小説。月経小屋のエピソードがある。隔月刊小説誌『Cobalt』に1991年から1995年にかけて発表された。
- 『赤い天幕』 - アニータ・ディアマントによる1997年の歴史小説。ハヤカワepi文庫に収録されている。ISBN 4151200134。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ この生理の期間のことを、日本の中国・四国地方では、「赤火」(あかび)[3]とよんだ[4]。
- ^ 出産を穢れとして忌ことを「産の忌」(さんのいみ)、「産忌」(さんび)、「産火」(さんび)、あるいは「赤不浄」(あかふじょう)と呼ばれることがあった[10][11]。「赤不浄」の語は、女性の血の忌みをさし、出産の出血だけでなく月経の出血もさし[12]、「血忌」(ちいみ)あるいは「血服」(ちぶく)とも呼び[13][11]、奄美群島・沖縄では「しら不浄」とも呼んだ[14]。
- ^ 穢れを避けて炊事を分けることを「別火」(べっか)という[19]ことから、「別火屋」[20][21]、「火小屋」・「日小家」(ひごや)とも[22]。
出典
[編集]- ^ 大澤 2020, p. 75.
- ^ a b 『忌屋』 - コトバンク
- ^ 『赤火』 - コトバンク
- ^ 池上ほか 1998, p. 9.
- ^ 『月経小屋』 - コトバンク
- ^ a b c 杉田 2022, p. 11.
- ^ a b c 田中ひかる (2020年12月18日). “「虚偽の強姦」多発の真相…「女は嘘つき」はなぜ“定説”となったのか”. 現代ビジネス(講談社). 2024年3月29日閲覧。
- ^ 杉田・新本 2022, pp. 272–273.
- ^ 佐野 2013.
- ^ 『産の忌』 - コトバンク
- ^ a b 『産忌・産火』 - コトバンク
- ^ a b 『赤不浄』 - コトバンク
- ^ 『血忌』 - コトバンク
- ^ 『しら不浄』 - コトバンク
- ^ 『産屋』 - コトバンク
- ^ 『産小屋』 - コトバンク
- ^ 『他屋・他家』 - コトバンク
- ^ 『田屋(他屋)』 - コトバンク
- ^ 『別火』 - コトバンク
- ^ 『別火屋』 - コトバンク
- ^ 『別火家・別火屋』 - コトバンク
- ^ 『火小屋・日小家』 - コトバンク
- ^ 『仮屋』 - コトバンク
- ^ a b c d 横瀬 2009, p. 32.
- ^ a b 小野 2009, pp. 151–152.
- ^ ひろ 2014.
- ^ a b 石山祥子 (2022年1月30日). “いまどき島根の歴史 第16話 生理をめぐる風習 ”. 島根県古代文化センター. 2024年2月28日閲覧。
- ^ a b c 池田, p. 106.
- ^ a b MARIDE ESPADA (2019年1月9日). “Period Taboo Around the World”. TeenVOGUE. 2024年2月11日閲覧。
- ^ “【ネパール】女子生徒の月経衛生事業”. 認定NPO法人 グッドネーバーズ・ジャパン. 2024年2月11日閲覧。
- ^ Sugam Pokharel, Karma Dolma Gurung (2017年8月17日). “Nepal outlaws menstruation huts, but what will take their place?”. CNN. 2024年2月11日閲覧。
- ^ PRAKASH MATHEMA (2019年12月7日). “生理中の女性が「隔離小屋」で死亡し親族逮捕、ネパールで初の逮捕例か”. AFP. 2024年6月2日閲覧。
参考文献
[編集]- 『日本民俗宗教辞典』山折哲雄監修、池上良正、徳丸亞木ほか編、東京堂出版、1998年。ISBN 4490104812。
- 横瀬利枝子「生理用品の受容とその意義」『人間科学研究』第22巻、早稲田大学人間科学学術院、2009年5月25日、31-45頁、CRID 1050282677466473856、hdl:2065/30925。
- 小野千佐子「布ナプキンを通じた月経観の変容に関する研究 : 「存在する月経」への選択肢を求めて」『同志社政策科学研究』第11巻、同志社大学大学院総合政策科学会、2009年12月20日、149-162頁、CRID 1390009224913694976、doi:10.14988/pa.2017.0000012631。
- 佐野陽香「生理用品の変遷とそれに伴って変化する身体感覚」『人間文化学部学生論文集』第12巻、京都学園大学人間文化学部、2013年。
- ひろさちや『お葬式をどうするか: 日本人の宗教と習俗』PHP研究所〈PHP新書〉、2014年。ISBN 4569612563。
- 大澤香「ヘブライ語聖書における捕囚と穢れのメタファー」『神戸女学院大学論集』第67巻、2020年6月20日、69-81頁、CRID 1390853649582147840、doi:10.18878/00005665。
- 『月経の人類学―女子生徒の「生理」と開発支援』杉田映理、新本万里子編集、世界思想社、2022年。
- 杉田映理「序論」。
- 杉田映理・新本万里子「ローカルな文脈から見える開発実践への示唆」。
- 池田亜希子『生理の話 中高生や社会人のみんなに聞いてみた』ぺりかん社〈なるにはBOOKS 別巻〉、2023年1月25日。ISBN 978-4-8315-1633-6。