張文生
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張文生 | |
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『改訂 現代支那人名鑑』(1928年) | |
プロフィール | |
出生: | 1867年(清同治6年) |
死去: |
1937年(民国26年) 中華民国 |
出身地: | 清江蘇省徐州府沛県 |
職業: | 軍人 |
各種表記 | |
繁体字: | 張文生 |
簡体字: | 张文生 |
拼音: | Zhāng Wénshēng |
ラテン字: | Chang Wen-sheng |
和名表記: | ちょう ぶんせい |
発音転記: | ジャン ウェンション |
張 文生(ちょう ぶんせい)は清末民初の軍人。張勲率いる定武軍の指揮官の1人。後に安徽派に属した。字は星五。
事跡
[編集]清末には、長江江防営統領、徐州鎮総兵などを歴任した。1912年(民国元年)、定武軍において統領に任命され、徐州鎮守使、蘇皖豫魯四省剿匪督弁などをつとめた。
1917年(民国6年)、張勲の復辟に従った。復辟失敗後、張文生は安徽派の倪嗣沖に接近し、定武軍総統領官に任命された。1920年(民国9年)、安徽督軍に任命された。1922年(民国11年)、直隷派の馬聯甲に駆逐され、下野した。
1937年(民国26年)、死去。享年71。
参考文献
[編集]- 来新夏ほか『北洋軍閥史 下冊』南開大学出版社、2000年。ISBN 7-310-01517-7。
- 徐友春主編『民国人物大辞典 増訂版』河北人民出版社、2007年。ISBN 978-7-202-03014-1。
- 劉寿林ほか編『民国職官年表』中華書局、1995年。ISBN 7-101-01320-1。
中華民国(北京政府)
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