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川崎河港水門

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
川崎河港水門
情報
用途 河港施設
設計者 金森誠之/内務省多摩川改修事務所
構造形式 鉄筋コンクリート
高さ 高さ20.3メートル、水門幅10.0メートル
竣工 1928年(昭和3年)3月
所在地 210-0807
神奈川県川崎市川崎区港町66番地先
座標 北緯35度32分10.4秒 東経139度43分00.8秒 / 北緯35.536222度 東経139.716889度 / 35.536222; 139.716889座標: 北緯35度32分10.4秒 東経139度43分00.8秒 / 北緯35.536222度 東経139.716889度 / 35.536222; 139.716889
文化財 国の登録有形文化財(建造物)
指定・登録等日 1998年(平成10年)9月25日登録
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川崎 河港水門の位置(神奈川県内)
川崎 河港水門
川崎
河港水門
所在地。

川崎河港水門(かわさきかこうすいもん)は、川崎市川崎区港町地先の多摩川にある水門。国の登録有形文化財(建造物)に登録されている[1]

沿革

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多摩川の河口に近い右岸(南岸)に位置する。1918年(大正7年)から行われた多摩川改修工事の一環として、川崎市内を縦断する運河を造ることが計画された。川崎河港水門は、運河と多摩川を仕切る水門として、1928年(昭和3年)3月に竣工した。

水門建設は、内務省多摩川改修事務所長であった、金森誠之の申し出を受けて、味の素がその建設費用を寄付金として負担したもので、現在も水門付近が味の素の管理地となっている。

川崎運河計画の一環として完成するも、社会情勢の変化により運河建設計画は中止され、部分完成していた運河はほとんどが埋め立てられ、運河は水門近くの船溜りとして残るのみとなっている。

しかし水門自体は残り、砂利の陸揚げ施設として、砂利運搬船等の出入りに現在も利用されている。

水門の上部には川崎市の市章と、往時の川崎の名産物であった梨・ブドウ・桃などをモチーフとした装飾がある[2]。1998年(平成10年)に国の登録有形文化財に登録された[1]

交通

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京急大師線港町駅」または「鈴木町駅」下車、徒歩5分

脚注

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  1. ^ a b 文化庁. “川崎河港水門”. 文化遺産オンライン. 2024年2月10日閲覧。
  2. ^ 川崎市建設緑政局道路河川整備部河川課. “川崎河港水門”. 川崎市. 2024年2月10日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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