岩田蒼明
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岩田 蒼明(いわた そうめい、1903年(明治36年)3月1日[1] - 1980年(昭和55年)5月31日[2])は、日本の実業家。日本陶器取締役社長や、同社取締役会長、中部生産性本部会長などを務めた。旧名:岩田莊一[3]。
人物・経歴
[編集]1926年に東京商科大学(現一橋大学)専門部卒業後、日本陶器に入社し[1]、水品浩からハーマン・ホレリス式統計機第1号機の操作を学び、会計処理の機械化を行うなどした[3][4][5]。1944年取締役に昇格。1945年常務取締役。1950年専務取締役。1956年取締役副社長。1961年から取締役社長を務め[1]、アメリカ市場開拓を進めた[6]。1965年日本特殊陶業取締役、日本碍子取締役、東洋陶器取締役[1]。1973年中部生産性本部会長[7]。同年勲二等瑞宝章受章[8]。1977年日本陶器取締役会長[1]。1980年叙正四位、賜銀杯一組[9]。
脚注
[編集]- ^ a b c d e 第112期有価証券報告書東洋陶器
- ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年、164頁。
- ^ a b 歴史コラム:森村組出身の起業家たち② -森村商事株式会社
- ^ 「日本アイ・ビー・エム(株)『情報処理産業年表』(1988.10)」渋沢社史データベース
- ^ 「水品 みずしな 浩 こ う -創業期 日本アイ・ビー・エム(株)社城西国際大学
- ^ 業界人のお話名古屋陶磁器会館
- ^ 「組織概要」中部生産性本部
- ^ 官報昭和48年本紙第13905号 6頁
- ^ 官報昭和55年本紙第16024号 14頁
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