家本賢太郎
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家本 賢太郎(いえもと けんたろう 1981年12月2日 - )は、日本の経営者。クララ株式会社(株式会社クララオンラインから2024年4月1日に社名変更。) 代表取締役社長。祖父は経済学者の家本秀太郎。
来歴
[編集]愛知県名古屋市昭和区出身。小学6年生のときに原因不明の高熱に侵され、1996年、滝中学校の2年に在学中、脳腫瘍と判明し除去手術を受けるが後遺症で車椅子生活となる[1]。入院中パソコンに親しんだことがきっかけでインターネットに夢中になり、利用する内にプログラミングに目覚める。1997年、滝中学校卒業後、文部省大学入学資格検定(大検)に合格し、また同年5月には合資会社としてクララオンラインを起業[1]、レンタルサーバ事業を始める。1998年、有限会社クララオンラインを設立。1999年、株式会社へ組織変更、同年、慶應義塾大学法学部(通信教育課程)に入学。両脚の運動神経が回復し、車椅子生活から離れる。2001年、同大学の環境情報学部に入学し直したが、2006年、体育の単位が足りないため中退[2]。同年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に入学し、2007年、同研究科を修了。2021年、東京ユナイテッドバスケットボールクラブを設立[3]。
2007年から2011年までNHK中央放送番組審議会委員[4]、2009年から2019年まで内閣府男女共同参画会議議員[5]、2016年から2017年まで内閣府男性の暮らし方・意識の変革に関する専門調査会 会長[6]等の公職を務める。
番組出演
[編集]- FNNスーパーニュースほっとKANSAI(関西テレビ)2001年4月2日 - 2002年3月29日
著書
[編集]- 『僕が15で社長になった理由』(ソフトバンクパブリッシング)
脚注
[編集]- ^ a b 全身麻痺から奇跡の復活し15歳で創業 アジア進出でレンタルサーバ首位を狙う クララオンライン社長 家本賢太郎(週刊ダイヤモンド 2009年6月9日)
- ^ 飛躍のために(中) クララオンライン社長・家本賢太郎さん(2011年1月3日、中日新聞)
- ^ “TUBC家本賢太郎代表にインタビュー「みんなに愛される共同体を作っていきたい」”. バスケットボールキング. (2021年9月12日) 2022年10月7日閲覧。
- ^ “日本放送協会 理事会議事録”. www.nhk.or.jp. 2024年4月3日閲覧。
- ^ “「共同参画」2009年 1月号 | 内閣府男女共同参画局”. www.gender.go.jp. 2024年4月3日閲覧。
- ^ “男性の暮らし方・意識の変革に関する専門調査会 | 内閣府男女共同参画局”. www.gender.go.jp. 2024年4月3日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- iemoto BLOG
- 家本賢太郎 (@iemoto) - X(旧Twitter)