大阪市屋外広告物条例事件
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最高裁判所判例 | |
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事件名 | 大阪市屋外広告物条例違反 |
事件番号 | 昭和41(あ)536 |
1968年(昭和43年)12月18日 | |
判例集 | 刑集第22巻13号1549頁 |
裁判要旨 | |
昭和三一年大阪市条例第三九号大阪市屋外広告物条例第一三条第一号、第四条第二項第一号、第三項第一号は、憲法第二一条に違反しない。 | |
大法廷 | |
裁判長 | 横田正俊 |
陪席裁判官 | 入江俊郎、草鹿浅之介、長部謹吾、城戸芳彦、石田和外、田中二郎、松田二郎、岩田誠、下村三郎、大隅健一郎、松本正雄、飯村義美 |
意見 | |
多数意見 | 全会一致 |
反対意見 | なし |
参照法条 | |
憲法21条,屋外広告物法1条,屋外広告物法2条,大阪市屋外広告物条例1条,大阪市屋外広告物条例13条1号,大阪市屋外広告物条例4条2項1号,大阪市屋外広告物条例3項1号 |
大阪市屋外広告物条例事件(おおさかしおくがいこうこくぶつじょうれいじけん)は美観風致の維持と公衆に対する危害防止のために電柱等へのビラ貼りに刑事罰を規定した屋外広告物条例が表現の自由を規定した日本国憲法第21条に違反するかが問われた事件[1]。
概要
[編集]1964年に大日本菊水会メンバー4人は大阪市内で心斎橋などの繁華街のアーケードの電柱などに「四十五年の危機迫る!! 国民よ決起せよ!!」等と印刷したビラ合計26枚をのりではりつけた。この行為が法定の除外事由がないのに、大阪市屋外広告物条例に違反したとして起訴された。
1965年6月に大阪簡易裁判所は被告人らに1万円から5000円までの罰金刑を言い渡した[2]。被告人らは控訴するも、1966年2月12日に大阪高等裁判所は控訴を棄却した[1]。被告人らは「条例により営利と関係のない純粋な思想、政治、社会運動として行うビラ貼りまで禁止するのは表現の自由を規定した日本国憲法第21条に違反する」として上告した[3]。
1968年12月18日に最高裁判所は「屋外広告物条例は都市の美観、風致の維持、公衆に対する危害を防止するため必要な規制をしている。だがビラの内容が営利と関係ない物でも、都市の美観、風致を害するものとして規制されている。国民の文化的生活の向上を掲げた憲法のもとでは都市の美観、風致を維持することは公共の福祉を保つことになるので、この程度の規制は合理的な制限である」として屋外広告物条例は日本国憲法第21条に違反しないとして上告を棄却し、有罪判決が確定した[2]。屋外広告物条例が日本国憲法第21条に規定された表現の自由に違反するかどうかについて、最高裁が判断を示した最初の判例である[2]。
脚注
[編集]- ^ a b 憲法判例研究会 2014, p. 113.
- ^ a b c “都市美維持の広告規制 表現の自由を犯さず 最高裁、大阪市条例違反で判決”. 朝日新聞. (1968年12月18日)[要ページ番号]
- ^ 戸松秀典 & 初宿正典 2018, p. 245.
参考文献
[編集]- 憲法判例研究会『判例プラクティス憲法 増補版』信山社、2014年。ISBN 9784797226362。
- 戸松秀典、初宿正典『憲法判例 第8版』有斐閣、2018年。ISBN 9784641227453。