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名古屋スポーツセンター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
名古屋スポーツセンター
(大須スケートリンク)
地図
施設情報
用途 スケートリンク
収容人数 230席
管理運営 株式会社名古屋スポーツセンター
竣工 1984年12月
所在地 460-0018
愛知県名古屋市中区門前町1-60
位置 北緯35度09分26.8秒 東経136度53分56.3秒 / 北緯35.157444度 東経136.898972度 / 35.157444; 136.898972 (名古屋スポーツセンター
(大須スケートリンク)
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座標: 北緯35度09分26.8秒 東経136度53分56.3秒 / 北緯35.157444度 東経136.898972度 / 35.157444; 136.898972 (名古屋スポーツセンター
(大須スケートリンク)
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名古屋スポーツセンター(なごやスポーツセンター、Nagoya Sports Center)は、愛知県名古屋市中区門前町1-60にあるスケートリンク大須スケートリンク(おおすスケートリンク)としても知られている。

歴史

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初代施設

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太平洋戦争後の1947年(昭和22年)12月1日、本願寺名古屋別院(西別院)境内のこの場所に大須球場が開設された[1]。1952年(昭和27年)6月30日には資金難によって閉鎖が決定されたが、球場主段はスポーツ施設への転用を模索した[2]

1948年(昭和23年)、フィギュアスケート選手の小塚光彦らによって愛知県スケート連盟が設立された[3]。1953年(昭和28年)9月20日、大須球場の跡地に本格的なスケートリンクとして名古屋スポーツセンターが開業した[4]。鉄筋造平屋建。9月19日の前夜祭においては、加藤礼子有坂隆祐が解説と模範演技を披露した[4]。9月20日の式典後には古河電工と全東京学生選抜が戦うアイスホッケーの試合、東京フィギュア・スケーティングクラブによるアイスショーが開催された[4]。愛知県初の通年営業のスケートリンクである。開設の際には小塚光彦らが尽力している[4]

1957年(昭和32年)2月10日、宗谷の南極上陸と昭和基地の命名を記念して、名古屋地区海洋少年団大会が催された[5]

2代目施設

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1984年(昭和59年)12月、住宅・都市整備公団(現・都市再生機構)との共同事業で建て替えを行い、公団住宅を併設する現在の姿となった。公団住宅の2階にスケートリンクが設置されている。

開業から60周年となる2013年(平成25年)5月27日から7月12日まで改修工事を行い、7月13日にリニューアルオープンした[6]。7月13日のリニューアルオープンイベントにはスペシャルゲストとして伊藤みどりが出演した。

スケートリンク

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周辺地域が大須と呼ばれている事と通年営業のスケートリンク(56m×26m)を擁する事から、大須スケートリンクという名でも知られる。

一般向けのアイススケート場として利用されるだけでなく、ジュニアスクール(フィギュアスケートアイスホッケースピードスケート)も開設されている。なお、大人向けの教室(アイスホッケー、スケートフォークダンス)の他に、クラシックバレエ社交ダンスなどの教室も開設されている。

フィギュアスケート

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フィギュアに関しては山田満知子門奈裕子など一流の指導者が揃っている事から、ここから伊藤みどり(アルベールビル五輪銀メダル、世界選手権優勝)[7][8][9]恩田美栄(四大陸選手権2位)[8]安藤美姫(世界選手権優勝)、浅田真央(バンクーバー五輪銀メダル、世界選手権優勝)[7][8][9]中野友加里(四大陸選手権2位)[8]村上佳菜子(ソチ五輪出場、四大陸選手権優勝)[7][8][9]宇野昌磨(平昌五輪銀メダル)[7][8][9]など世界的なフィギュアスケート選手を多数輩出した。宇野昌磨は大須スケートリンクに遊びに来ていた5歳の時、浅田真央に「やらないか」と誘われたことがきっかけでフィギュアの世界に入った[8][3]

2013年12月25日には大須スケートリンクを舞台として、テレビ東京系列にてドラマ『スケート靴の約束〜名古屋女子フィギュア物語〜』が放送された。

2020年(令和2年)に連載が開始されたフィギュアスケート漫画の『メダリスト』(著者・つるまいかだ)には大須スケートリンクも登場する[10][11]

基本情報

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所在地
交通アクセス

脚注

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  1. ^ 「大須球場開設 一日から記念野球」『名古屋タイムズ』1947年11月27日
  2. ^ 「消える大須球場 中京ファンには痛い打撃」『名古屋タイムズ』1952年8月9日
  3. ^ a b 浅田真央、宇野昌磨らを輩出 なぜ、愛知は名スケーターを生み出せるのか The Answer、2018年1月23日
  4. ^ a b c d 「前夜祭開く 名古屋スポーツ・センター」『名古屋タイムズ』1953年9月20日
  5. ^ 「南極しのぶ"日の丸" 海洋少年団大会 昭和基地命名を記念して」『名古屋タイムズ』1957年2月11日
  6. ^ 大須リンク全面改修中、7月13日再開 中日新聞、2013年6月22日
  7. ^ a b c d 浅田真央さんら輩出…「大須スケートリンク」全日本フィギュアに多くの選手が出場し五輪目指す小学生も 東海テレビ、2023年12月23日
  8. ^ a b c d e f g 宇野昌磨を育てた2人のコーチ。師弟関係というよりも、信頼関係。 Number Web、2017年12月7日
  9. ^ a b c d 大須スケートリンクについて 名古屋スポーツセンター
  10. ^ 夢追う君へ、氷上からエール 名古屋舞台のフィギュア漫画「メダリスト」 中日新聞、2022年11月22日
  11. ^ 名古屋が舞台のおすすめご当地コミック”. 株式会社三洋堂書店. 2021年6月13日閲覧。

外部リンク

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