北川貝塚
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北川貝塚 | |
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種類 | 縄文時代の環状集落・貝塚~平安時代の集落 |
所在地 | 神奈川県横浜市都筑区早渕3丁目30 |
座標: 北緯35度32分58.8秒 東経139度36分12.1秒 / 北緯35.549667度 東経139.603361度
北川貝塚(きたがわかいづか)は、神奈川県横浜市都筑区早渕3丁目30付近にあった、旧石器時代から平安時代にかけての複合遺跡である。
概要
[編集]横浜市北部、青葉区・都筑区・港北区内を流れる早渕川南側の台地上に位置する。港北ニュータウン建設に伴う事前の埋蔵文化財調査として、1980年(昭和55年)6月から1983年(昭和58年)9月まで、発掘調査が行われた。
後期旧石器時代の石器群のほか、縄文時代前期の貝塚を伴う環状集落[1]、縄文時代中期の集落、弥生時代後期の集落、平安時代前期の集落跡が発見されており、いずれも大集落である。特に関東ローム層から出土した旧石器時代の石器の1点(礫器)は、下末吉台地の中で発見された石器としては最古級と見られ[2]、同市旭区の矢指谷遺跡と共に、市内で最も古い遺跡の一つとなっている。竪穴建物跡・掘立柱建物跡が多数見つかっており、前期中葉に鶴見川流域に増加・展開した環状集落の1つとされている[1]。
脚注
[編集]- ^ a b 谷口 2005, p. 9.
- ^ 『埋文よこはま』15号 財団法人横浜市ふるさと歴史財団
参考文献
[編集]- 谷口, 康浩『環状集落と縄文社会構造』学生社、2005年3月25日。ISBN 4-311-30062-X。 NCID BA71509293。
- 坂本, 彰、山田, 光洋、水澤, 裕子、中村, 若枝、澤田, 純明、星野, 敬吾、平田, 和明、伊藤, 薫『北川貝塚』 39巻神奈川県横浜市都筑区勝田町760〈港北ニュータウン地域内埋蔵文化財調査報告〉、2007年3月31日(原著2007年3月31日)。 NCID BA81816390 。
- 横浜市ふるさと歴史財団埋蔵文化財センター編 2007 『埋文よこはま』15号 財団法人横浜市ふるさと歴史財団