亀田町 (秋田県)
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かめだまち 亀田町 | |
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廃止日 | 1955年7月28日 |
廃止理由 |
新設合併 亀田町、道川村 → 岩城町 |
現在の自治体 | 由利本荘市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 東北地方 |
都道府県 | 秋田県 |
郡 | 由利郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
総人口 |
4,225人 (国勢調査、1950年10月1日) |
隣接自治体 |
由利郡:道川村、岩谷村、下川大内村 河辺郡:戸米川村、大正寺村 本荘市 |
亀田町役場 | |
所在地 | 秋田県由利郡亀田町亀田亀田町字田町1 |
座標 | 北緯39度30分02秒 東経140度05分02秒 / 北緯39.50064度 東経140.08381度座標: 北緯39度30分02秒 東経140度05分02秒 / 北緯39.50064度 東経140.08381度 |
ウィキプロジェクト |
亀田町(かめだまち)は、昭和30年(1955年)まで秋田県由利郡北部にあった町。現在の由利本荘市岩城亀田亀田町・岩城亀田愛宕町・岩城亀田大町・岩城亀田最上町・岩城赤平・岩城泉田・岩城上黒川・岩城下黒川・岩城滝俣・岩城冨田・岩城福俣 ・岩城上蛇田・岩城下蛇田・岩城六呂田にあたる。
歴史
[編集]沿革
[編集]- 1875年(明治8年)8月13日 - 亀田城下30町を合併して亀田町とする。
- 1881年(明治14年) - 亀田町を再編し、亀田亀田町・亀田愛宕町・亀田大町・亀田最上町の4町とする。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行にともない、亀田亀田町・亀田愛宕町・亀田大町・亀田最上町と赤平村・泉田村・上黒川村・下黒川村・滝俣村・冨田村・福俣村・上蛇田村・下蛇田村・六呂田村の計4町10村が合併し、新制の亀田町が発足。
- 1917年(大正6年)4月10日 - 松ヶ崎村との境界変更[1]。
- 1955年(昭和30年)7月28日 - 道川村と合併し、岩城町となる。
行政
[編集]首長
[編集]- 歴代町長
代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
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1 | 鵜沼国蒙 | 明治22年(1889年)4月28日 | 明治23年(1890年)3月27日 | |
2 | 中田直吉 | 明治23年(1890年)4月6日 | 明治26年(1893年)4月11日 | |
3 | 鵜沼国豊 | 明治27年(1894年)4月1日 | 明治35年(1902年)3月30日 | |
4 | 山中勇 | 明治35年(1902年)7月2日 | 明治39年(1906年)6月29日 | |
5 | 大竹甚五郎 | 明治39年(1906年)8月10日 | 明治44年(1911年)8月21日 | |
6 | 鈴木順吉 | 明治44年(1911年)10月18日 | 大正4年(1915年)4月30日 | |
7 | 吉田潜蔵 | 大正4年(1915年)7月2日 | 大正6年(1917年)9月22日 | |
8 | 河野隆性 | 大正7年(1918年)3月11日 | 大正15年(1926年)10月6日 | |
9 | 加藤伝一郎 | 大正15年(1926年)12月11日 | 昭和7年(1932年)7月29日 | |
10 | 佐藤憲輔 | 昭和7年(1932年)8月1日 | 昭和15年(1940年)7月31日 | |
11 | 加藤伝一郎 | 昭和15年(1940年)8月1日 | 昭和21年(1946年)11月21日 | 再任 |
12 | 丸山修一郎 | 昭和22年(1947年)4月5日 | 昭和23年(1948年)10月11日 | |
13 | 佐々木廣吉 | 昭和23年(1948年)11月6日 | 昭和30年(1955年)7月27日 |
地域
[編集]教育
[編集]- 亀田町立亀田小学校
- 亀田町立亀田中学校
交通
[編集]鉄道
[編集]現在は旧町域にJR羽越本線の折渡駅が所在するが、当時は未開業。「折渡信号場」としての開設は岩城町発足後の1957年(昭和32年)。なお、1920年に開業した同線の羽後亀田駅は旧町域外にある。
著名出身者
[編集]- 中田直慈 (宮内官僚)
参考文献
[編集]- 『岩城町史』(秋田県由利郡岩城町、1996年)
脚注
[編集]- ^ “『町村境界並字区域変更』官報. 1917年03月31日 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2022年2月22日閲覧。