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乗数イデアル層

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

乗数イデアル層(じょうすうイデアルそう、: Multiplier ideal sheaf)とは、複素多様体上のある局所可積分条件を満たす正則関数のなすイデアル層英語版である。解析的な対象と代数的な対象をつなぎ特異点を処理してくれる[1]乗数イデアル層は、シン=トゥン・ヤウによれば、現代の高次元代数幾何学において中心的な役割を演じている[2]

乗数イデアル層は Nadel (1990) によってファノ多様体上のケーラー・アインシュタイン計量の研究の中で導入された[3]。設定は異なるが考え方自体は Kohn (1979) ノイマン問題を研究した際に導入していた。可換環論の分野では Lipman (1993)Briançon-Skodaの定理英語版との関連で"adjoint ideals"という名前で導入して研究していた[4]

複素解析

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定義

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X複素多様体φX 上の多重劣調和関数とする[5]φ に付随する乗数イデアル層 𝒥(φ) ⊂ 𝒪X を、正則関数 f であって | f |2e−2φルベーグ測度局所可積分になるようなものの層として定義する[注 1]。このように定義されたイデアル層 𝒥(φ) は解析的連接層となることが知られている。

諸例

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(1)[6] 正の実数 α1, ..., αp を取って関数 φφ = log(|z1|α1 + ⋯ + |zp|αp) で定義する。これは多重劣調和関数になっていて、その乗数イデアル層 𝒥(φ) は、Demailly (2000, p. 37) によれば、
(βi + 1)/αi > 1
を満たす (β1, ..., βp) による単項式 zβ1
1
zβp
p
たちで生成されるイデアルと等しい。

(2)[7][8] X を滑らかな複素代数多様体(複素多様体とみる)、D = ∑
aiDi
を有効な Q 因子とする。X開集合 U をその上で Di が主になるようなものとし giU 上の正則関数で Di を定義するようなものとする。以上の状況のもとで U 上の関数 φD

で定義する。これは多重劣調和関数になっていて付随する乗数イデアル層 𝒥(φD)

となる。φDgi の取り方によるが 𝒥(φD)gi の取り方によらない。

(3)[8] 状況は(2)と同じとする。正の実数 c をとって U 上の関数 φD

で定義する。これは多重劣調和関数になっていて[9]付随する乗数イデアル層 𝒥(φD)

となる。

代数幾何

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代数幾何学では次のように乗数イデアル層が定義される[10]X複素数体上の滑らか代数多様体D をその上の有効な Q 因子とする。μ: X′ → XD のログ特異点解消とする。つまり μ*Dμ の例外因子を足したものが単純正規交差因子となるような滑らかな代数多様体 X からの射影的双有理射とする。このとき D の乗数イデアル層 𝒥(D)

で定義する。ここで KX′/XKXKX′ をそれぞれ XX標準因子とすると KX′/X := KX′μ*KX で定義される相対的標準因子、[μ*D]μ*D の係数を切り下げたもの[11]である。

𝒥(D) はログ特異点解消の取り方によらない 𝒪X のイデアル層になっている。D が整数係数の因子であれば 𝒥(D) = 𝒪X(−D) が成り立つ[12]

この層はログ特異点解消 X の上で層に川又フィーベックの消滅定理英語版 を使いその層の順像を取ることで X に対する何等かの性質を得ようとするときに自然に現れる[12]

乗数イデアル層には Q 因子の分数部分がどのくらい正規交差因子から違うかの情報が含まれている[13]

脚注

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注釈

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  1. ^ (Zhou, p. 360) では φ の前の乗数2を外して定義している。

出典

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  1. ^ Demailly 2000, p. 2.
  2. ^ Zhou, p. 359.
  3. ^ 藤野修「極小モデル理論の新展開」『数学』第61巻第2号、2009年、60-61頁、doi:10.11429/sugaku.0612162 
  4. ^ Blickle & Lazarsfeld 2003, p. 1.
  5. ^ Lazarsfeld 2004, p. 176.
  6. ^ Demailly 2000, p. 37.
  7. ^ Lazarsfeld 2004, pp. 176f.
  8. ^ a b Lazarsfeld 2009, p. 2.
  9. ^ Demailly 2000, p. 7.
  10. ^ Lazarsfeld 2004, p. 152.
  11. ^ Lazarsfeld 2004, p. 140.
  12. ^ a b Lazarsfeld 2004, p. 154.
  13. ^ Lazarsfeld 2004, p. 151.

参考文献

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書籍

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解説記事

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  • Demailly, Jean-Pierre英語版 (2000年). “Multiplier ideal sheaves and analytic methods in algebraic geometry”. 2024年9月15日閲覧。
  • Blickle, Manuel; Lazarsfeld, Robert (2004), “An informal introduction to multiplier ideals”, Trends in commutative algebra, Math. Sci. Res. Inst. Publ., 51, Cambridge University Press, pp. 87–114, doi:10.1017/CBO9780511756382.004, ISBN 9780521831956, MR2132649 
  • Lazarsfeld, Robert (2009), “A short course on multiplier ideals”, 2008 PCMI Lectures, arXiv:0901.0651, Bibcode2009arXiv0901.0651L 
  • Siu, Yum-Tong英語版 (2005), “Multiplier ideal sheaves in complex and algebraic geometry”, Science China Mathematics 48 (S1): 1–31, arXiv:math/0504259, Bibcode2005ScChA..48....1S, doi:10.1007/BF02884693, MR2156488 
  • Zhou, Xiangyu英語版. “Some recent results on multiplier ideal sheaves” (PDF). 2024年9月16日閲覧。

原論文

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関連項目

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