久世村 (京都府)
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くぜむら 久世村 | |
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廃止日 | 1959年11月1日 |
廃止理由 |
編入合併 久世村 → 京都市 |
現在の自治体 | 京都市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 近畿地方 |
都道府県 | 京都府 |
郡 | 乙訓郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
久世村役場 | |
所在地 | 京都府乙訓郡久世村大藪町72 |
座標 | 北緯34度57分35秒 東経135度43分09秒 / 北緯34.9597度 東経135.7192度座標: 北緯34度57分35秒 東経135度43分09秒 / 北緯34.9597度 東経135.7192度 |
ウィキプロジェクト |
久世村[1](くぜむら)は、京都府乙訓郡にあった村。現在の京都市南区のうち桂川以西に当たる。
歴史
[編集]『倭名鈔』にみえる「訓世郷」がその前身であり、その後、上久世荘、下久世荘、東久世荘(築山荘)、本久世荘(大藪荘)などに発展分割された[2]。
- 1874年(明治7年) - 乙訓郡下久世村・中久世村が合併して(旧)久世村が発足。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、乙訓郡上久世村・久世村・大藪村・築山村・東土川村が合併し久世村が発足。
- 1959年(昭和34年)11月1日 - 久世村が京都市に編入され、同日久世村廃止。
経済
[編集]産業
[編集]- 農業
至る所田畑が拓け農を主業として米・麦を産し、竹材を出す[1]。『大日本篤農家名鑑』によれば、久世村の篤農家は「井上岩次郎、長岡常次郎、風間荘太郎、川島松之助」などがいた[3]。
村長
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
地域
[編集]教育
[編集]施設
[編集]- 宗教
脚注
[編集]- ^ a b c 『日本地名大辞典 第3巻』2388 - 2389頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年5月22日閲覧。
- ^ 世界大百科事典CD-ROM 『久世荘』上島有 1998年
- ^ 『大日本篤農家名鑑』196頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年5月22日閲覧。
- ^ 『京都府学事関係職員録 大正11年』62頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年5月22日閲覧。
- ^ a b 『浄土宗寺院名鑑』京都教区 洛南組30 - 31頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年5月22閲覧。
- ^ 『曹洞宗寺院名鑒』185頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年5月22日閲覧。
参考文献
[編集]- 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
- 峯玄光編『曹洞宗寺院名鑒』国書刊行会、1913年。
- 『京都府学事関係職員録 大正11年』京都府教育会、1922 - 1925年。
- 横井孝中編『浄土宗寺院名鑑』一音社、1924年。
- 日本書房編『日本地名大辞典 第3巻』日本書房、1938年。
- 『角川日本地名大辞典 26 京都府』、角川書店、1982年。