コンテンツにスキップ

世良田政義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
世良田政義
時代 室町時代
生誕 不明
死没 1424年
別名 大炊亮[1]
氏族 世良田氏
父母 父:世良田満義[2]
兄弟 政義義秋[2]
女子(新田義宗室)、政親親季、女子(尹良親王妃)、女子(脇屋義治室)[2]
テンプレートを表示

世良田 政義(せらだ まさよし)は、室町時代武将。『尊卑分脈』など当時の史料には名前が現れないため実在したかは不明である。

南朝方に属す。新田氏旗下。江戸時代に著された偽書である『浪合記』によると、応永4年(1397年桃井宗綱と諮り宗良親王の王子尹良親王上野寺尾中城に迎える[1][3]応永31年(1424年)親王が信濃諏訪城に入ると政義は挙兵し信濃各地にて転戦するが、三河に向かう途上で信濃浪合にて戦死したと伝わる(浪合の合戦)[1][3]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『世良田政義』 - コトバンク
  2. ^ a b c 『世良田系図』
  3. ^ a b 安田元久 編『鎌倉・室町人名事典』新人物往来社、1985年、317頁。