ワールドブリッツ小山
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ワールドブリッツ小山 | |
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原語表記 | ワールドブリッツ小山 |
創設年 | 1996年 |
解散年 | 1999年 |
所属リーグ | 栃木県社会人サッカーリーグ |
ホームタウン | 栃木県小山市 |
運営法人 | 栃木県スポーツ文化振興株式会社 |
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ |
ワールドブリッツ小山(ワールドブリッツおやま)は、かつて存在したサッカーのクラブチーム。栃木県小山市を本拠地としていた。
概要
[編集]栃木県から日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)入りを目指すために、もともと宇都宮市に拠点を置いていたクラブチームが1996年に小山市へ拠点を移し、ワールドブリッツ小山が結成された[1]。もともと小山市では1994年から商工会議所を中心にスタジアム建設とJリーグ誘致への取り組みが始まり、同市に専用サッカースタジアムを建設し、市民からの資本参加を仰ぎながらチームを作る取り組みが進められており[2]、ワールドブリッツ小山は結成当初の1996年に栃木県社会人サッカーリーグ2部に籍を置き、2002年のJリーグ入りを目指すとして活動を始めた[1]。
天皇杯全日本サッカー選手権大会で都道府県代表制度が初めて導入された1996年に天皇杯の県予選を兼ねた栃木県サッカー選手権大会の第1回大会で優勝し、最初の栃木県代表となった[3]。本大会は1回戦でヴィッセル神戸(当時ミカエル・ラウドルップらが在籍)と栃木県グリーンスタジアムで対戦して0-7で大敗した[4][5]。この時、選手兼任で監督を務めていたのは、元サッカー日本代表の戸塚哲也であった[1][3]。11月にワールドブリッツ小山を運営する栃木県スポーツ文化振興株式会社とアステール青森FCを支援していた青森スポーツクラブ株式会社が活動面で提携すると発表したが[6]、1998年のシーズンから本拠地を宇都宮市に戻し、ワールドSCと名称を変えるも1999年のシーズンをもって解散した。
戦績
[編集]年度 | 所属 | 順位 | 勝点 | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1996 | 栃木県2部A | 優勝 | ||||||
1997 | 栃木県1部 | 7位 | 14 | 11 | 4 | 2 | 5 | |
1998 | 4位 | 17 | 9 | 5 | 2 | 2 | 「ワールドSC」に改称 | |
1999 | 8位 | 3 | 14 | 0 | 3 | 11 |
タイトル
[編集]カップ戦
[編集]- 栃木県サッカー選手権大会:1回
- 1996年
天皇杯
[編集]開催日 | 時期 | 会場 | 対戦相手 | スコア | 入場者数 |
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1996年11月3日 | 第76回天皇杯1回戦 | 栃木グ | ヴィッセル神戸 | 0-7 | 2,294 |
出典・脚注
[編集]- ^ a b c “顔ぶれ多彩サッカー天皇杯 元日へキックオフ 80チームが参加”. 読売新聞・東京夕刊: p. 7. (1996年10月26日) - ヨミダス歴史館にて閲覧
- ^ “サッカー「ブリッツ」の壬生本拠地に抗議 小山・誘致市民の会”. 朝日新聞・朝刊・栃木. (1997年4月17日) - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
- ^ a b “天皇杯サッカー “郷土の星”26チーム初出場 3日開幕”. 読売新聞・大阪夕刊: p. 3. (1996年11月1日) - ヨミダス歴史館にて閲覧
- ^ “サッカー天皇杯全日本選手権第1日 筑波大、早大初戦突破 高校3チームは全滅”. 読売新聞・東京夕刊: p. 15. (1996年11月4日) - ヨミダス歴史館にて閲覧
- ^ “県代表ワールドブリッツ小山は初戦で敗退 サッカーの天皇杯”. 朝日新聞・朝刊・栃木. (1997年4月17日) - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
- ^ “協力してJリーグへ 栃木と青森で21世紀向け共同声明”. 朝日新聞・朝刊・栃木. (1996年11月28日)