ローン・ジャスティス
ローン・ジャスティス Lone Justice | |
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ローン・ジャスティス(1985年) | |
基本情報 | |
出身地 | アメリカ合衆国 カリフォルニア州ロサンゼルス |
ジャンル | カントリーロック、ルーツ・ロック、カウパンク、ロカビリー |
活動期間 | 1982年 - 1987年[1] |
レーベル | ゲフィン |
旧メンバー |
マリア・マッキー デヴィッド・ハリントン ドン・ウィレンズ ライアン・ヘッジコック マーヴィン・エツィオーニ ドン・ヘフィントン トニー・ギルキスン シェーン・フォンテイン ブルース・ブロディ グレッグ・サットン ルディ・リッチマン |
ローン・ジャスティス(Lone Justice)は、1982年にロサンゼルスでギタリストのライアン・ヘッジコックと歌手のマリア・マッキーによって結成されたアメリカのカントリーロック・バンド。1985年に『ローン・ジャスティス』、翌年に『シェルター』という2枚のアルバムをリリースした後、1987年に解散した。
略歴
[編集]初期の時代
[編集]ローン・ジャスティスは、ヘッジコックとマッキーがロカビリーとカントリー・ミュージックへの共通の愛情に触発され、1980年代のロサンゼルスのカウパンク・シーンの一部として始まった[2]。グループはカバー・バンドとしてスタートした[3]が、ベーシストのデヴィッド・ハリントンとドラマーのドン・ウィレンズを加えて[4]、独自の曲を作曲しはじめた[3]。マーヴィン・エツィオーニは当初、バンドのプロデューサー、アレンジャー、ソングライターとして参加していたが、1983年にハリントンに代わってベーシストとなった[4]。また、1984年までに、ウィレンズに代わってドン・ヘフィントンがドラマーに就任している[2]。彼らの初期のサウンドは、カントリー・ミュージックとパンク・ロックとロカビリーの要素を融合させたものだったが、ファースト・アルバムの頃までに、ルーツ・ロックとシンガーソングライター・スタイルの要素を取り入れ始めていた。トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのベンモント・テンチは彼らのライブへ頻繁にゲスト・ミュージシャンとして参加していた。バンドは早い時期にドリー・パートンからサポートを得ている。彼女は彼らのクラブ・ライブにも一度参加しており、後にマッキーを「どんなバンドも欲しがる最高の女性シンガー」と回想している[5]。
ローン・ジャスティスはロサンゼルスの音楽シーンで最初の人気を獲得した。地元のロック・ジャーナリスト、スタン・フィンデルは『パフォーマンス』誌で、バンドがウィスキー・ア・ゴーゴーにおいて、その夜にカムバックを試みていたヘッドライナーのアーサー・リーから「ショーを奪った」と報告したが、2曲で帰ってしまった[6]。リンダ・ロンシュタットは衣裳スタイリストのジェニー・シャールからバンドを紹介された。ロンシュタットはデヴィッド・ゲフィンに電話をかけ、彼らはゲフィン・レコードと契約することとなり、宣伝の嵐にさらされた[7][8][9]。
1985年にセルフタイトルのデビュー作を発表し、その後、U2のサポート・ツアーを行った[10]。ツアーのために、バンドはギタリストのトニー・ギルキスンを加入させてラインナップを増員したが、1986年にはバンドを去っている[1]。ジミー・アイオヴィンがプロデュースしたこのアルバムは、当時『ローリング・ストーン』誌の評論家だったジミー・グーターンが自身のベスト・アルバムに入れるなど、大きな評価を受けた[11]。「ヴィレッジ・ヴォイス」紙による1985年のパズ&ジョップ批評家投票では24位にランクされた[12]にもかかわらず、このアルバムはカントリーやロックの聴衆とつながることができず[13]、また、リリース前の過剰なプロモーションによって「期待が高まり……[このアルバムは]おそらく満足に至らなかった」[14]。トム・ペティとマイク・キャンベルが作曲した「スウィート・スウィート・ベイビー」と「さまよう恋 (Ways To Be Wicked)」という2枚のシングルは失敗し、アルバムは商業的な期待に応えることができなかった。
その後の時代
[編集]このアルバムの後、エツィオーニとヘフィントンは別々の道を歩み出し、マッキーとヘッジコックはまったく新しいバンドを結成[15]。ギタリストのシェーン・フォンテイン、ベースのグレッグ・サットン、ドラマーのルディ・リッチマン、キーボードのブルース・ブロディ(元パティ・スミス・グループ)が加わって、ローン・ジャスティスはセカンドLP『シェルター』をレコーディングした。スティーヴ・ヴァン・ザントが、ジミー・アイオヴィンとバンドと共に、プロデューサーを務めた。このアルバムでは、それまでのカウパンク、ロカビリー、ルーツ・ロックの影響をほぼ完全に捨てて、ドラムマシンやシンセサイザーに重点を置いた、1980年代らしいポップ/ロックのプロダクションを採用している。商業的には、アルバムチャート65位にとどまり、前作より下位に沈んだ。しかしながら、タイトルシングルは、ロック・シングル・チャートで26位、Billboard Hot 100チャートで47位と、バンドの過去2枚のシングルより良い成績を収めた。
解散
[編集]『シェルター』のリリースから1年も経たないうちに、マッキーは1987年にバンドを永久に解散し、ソロ活動に入った[16][17]。ヘフィントンはセッション・ドラマーとなり、エツィオーニは「ザ・マンドリン・マン (the Mandolin Man)」名義でレコーディングを行った。ルディ・リッチマンは1992年から1993年にかけてイギリスのロックバンド、クワイアボーイズでドラムを演奏し、アルバム『ビター・スウィート・アンド・トゥイステッド』に参加した。フォンテインはブルース・スプリングスティーンのバンドにおいて、アルバム『ラッキー・タウン』『ヒューマン・タッチ』に伴うツアーでギターを演奏した[18]。音楽業界から10年間離れた後、ヘッジコックは1996年にパーラー・ジェイムスとのデュオの片割れとして戻ってきた[19]。
1999年1月に初期のデモ音源を収録したローン・ジャスティスの回顧録『ベスト・オブ・ローン・ジャスティス (This World Is Not My Home)』がリリースされた[20]。2003年にはユニバーサルミュージックの「20th Century Masters」シリーズとして格安コンピレーションが発売されている。1985年の「スウィート・スウィート・ベイビー」の演奏は、BBCビデオから『The Old Grey Whistle Test Vol.3』というコンピレーションDVD (2004年)に収録されリリースされている[21]。2014年から2019年にかけて、1983年に作られたデモやライブ録音からなる3枚の回顧盤『This Is Lone Justice: The Vaught Tapes, 1983』(2014年)、『The Western Tapes, 1983』(2018年)、『Live at the Palomino, 1983』(2019年)が、Omnivore Recordingsからリリースされた[22]。
2021年3月、ヘフィントンが白血病のため70歳で死去した[23]。
ディスコグラフィ
[編集]スタジオ・アルバム
[編集]- 『ローン・ジャスティス』 - Lone Justice (1985年)
- 『シェルター』 - Shelter (1986年)
ライブ・アルバム
[編集]- 『ライヴ・イン・コンサート』 - BBC Radio 1 Live in Concert (1993年)
- Live In Boston 1985 (2014年)
- Live At The Palomino, 1983 (2019年)
コンピレーション・アルバム
[編集]- 『ベスト・オブ・ローン・ジャスティス』 - This World Is Not My Home (1998年)
- The Best of Lone Justice (2003年)
- This Is Lone Justice: The Vaught Tapes, 1983 (2014年)
- The Western Tapes, 1983 (2018年) ※EP
シングル
[編集]- 「スウィート・スウィート・ベイビー」 - "Sweet, Sweet Baby (I'm Falling)" (1985年)
- 「さまよう恋」 - "Ways to Be Wicked" (1985年)
- "Shelter" (1986年)
- "I Found Love" (1987年)
脚注
[編集]- ^ a b Thomas, Bryan (April 20, 2017). “"Ways to be Wicked": Petite dynamo Maria McKee and her rockin' L.A. band Lone Justice”. Night Flight June 24, 2019閲覧。
- ^ a b Morris, Chris (July 1985). Justice At Last – Recognition comes to L.A. band Lone Justice. Spin. pp. 48 August 23, 2010閲覧。
- ^ a b “mtv.com. About Lone Justice”. MTV. September 21, 2016閲覧。
- ^ a b The Western Tapes, 1983 (EP liner notes). Lone Justice. Omnivore Recordings. 2018.
- ^ “Lone Justice's 'New' Album: Fresh Cowpunk, 30 Years Later”. yahoo.com. August 1, 2019閲覧。
- ^ “SantaFe.com. Out Of The Vault – Maria McKee & Lone Justice, August 23, 2013”. September 21, 2016閲覧。
- ^ Brogan, Daniel (December 2, 1986). “Lone Justice Groping For A Sound On Shelter”. ChicagoTribune.com. Tribune Publishing. September 21, 2016閲覧。
- ^ Brogan, Daniel (October 3, 1985). “Lone Justice Turning to Rock 'n'Roll For Verdict”. ChicagoTribune.com. Tribune Publishing. September 21, 2016閲覧。
- ^ Weiss, Neil (January 7, 1999). “Justice Served”. DallasObserver.com. Voice Media Group. September 21, 2016閲覧。
- ^ Pimm Jal de la Parra (2003). U2 Live: A Concert Documentary. Omnibus Press. ISBN 978-0-7119-9198-9
- ^ “Jimmy Guterman biography”. Randysrodeo.com. November 12, 2009閲覧。
- ^ “The 1985 Pazz & Jop Critics Poll”. March 14, 2010閲覧。
- ^ Ankeny, Jason (2002). All Music Guide to Rock: The Definitive Guide to Rock, Pop, and Soul (3rd ed.). Hal Leonard. pp. 667. ISBN 978-0-879-30653-3
- ^ Robbins, Ira A., ed (1991). The New Trouser Press Record Guide (4th ed.). New York: Collier/Macmillan. p. 329. ISBN 0-02-036361-3
- ^ Pareles, Jon (December 15, 1986). “Rock: Lone Justice”. The New York Times August 18, 2018閲覧。
- ^ “Lone Justice – Band On the Verge (demos + live)”. dbs-repercussion.blogspot.com (January 19, 2018). June 24, 2019閲覧。
- ^ “Lone Justice Concert Setlists & Tour Dates”. setlist.fm. June 24, 2019閲覧。
- ^ “Reverendguitars.com. 12 Questions With Shanye Fontayne”. September 23, 2016時点のオリジナルよりアーカイブ。September 21, 2016閲覧。
- ^ “Billboard.com. Lone Justice”. Billboard September 21, 2016閲覧。.
- ^ Staff (December 4, 1998). “Lone Justice Offers Retrospective CD”. MTV.com. August 18, 2018時点のオリジナルよりアーカイブ。August 17, 2018閲覧。
- ^ The Old Grey Whistle Test Vol. 3 (DVD). BBC Video. 2004.
- ^ MARowe (March 19, 2019). “Omnivore Recordings To Release Rare Lone Justice Club Recordings With Live At The Palomino 1983”. Music Tap. July 20, 2021閲覧。
- ^ Willman, Chris (March 24, 2021). “Don Heffington, Lone Justice Member and L.A.'s Premier Roots-Rock Drummer, Dies at 70”. Variety. July 11, 2021閲覧。