ロシュ (アンドル=エ=ロワール県)
ロシュ Loches | |
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行政 | |
国 | フランス |
地域圏 (Région) | サントル=ヴァル・ド・ロワール地域圏 |
県 (département) | アンドル=エ=ロワール県 |
郡 (arrondissement) | ロシュ郡 |
小郡 (canton) |
ロシュ小郡 (集中オフィス) |
INSEEコード | 37132 |
郵便番号 | 37600 |
市長(任期) |
マルク・アンジュノー Marc Angenault[1] (2020年–2026年) |
自治体間連合 (fr) |
トゥレーヌ南部のロシェ・コミューンのコミュニティ 議席(フランス語版) |
人口動態 | |
人口 |
6,233人 (2022年1月1日) |
人口密度 | 人/km2 |
都市的集積地域 (fr) |
Loches (ville-centre) |
地理 | |
標高 |
最低:64 最高:147 |
面積 | km2 |
公式サイト | ville-loches.fr |
ロシュ(Loches [fr]; [loʊʃ])は、フランス中部、サントル=ヴァル・ド・ロワール地域圏のアンドル=エ=ロワール県に属するコミューンである。
トゥールの南東約42キロメートル[2]、アンドル川左岸に位置している。
同名の区およびアンドル・エ・ロワール県の行政府の座であり[3]、近隣の自治体トゥレーヌ、ボーリュー・レ・ロシュ、フェリエール・シュル・ボーリュー、ペルッソンと合わせると住民1万人が集まっている。
地理
[編集]隣接する自治体
北西 シャンソー・プレ・ロシュ (フランス語) |
北 シャンブール=シュル=アンドル (フランス語) |
北東 フェリエール・シュル・ボーリュー (フランス語) |
西 ムーゼ (フランス語) |
ロシュ | 東 ボーリュー・レ・ロシュ (フランス語) |
南西 ヴァレンヌ (フランス語) |
南 サン・セノック (フランス語) |
南東 ペルッソン (フランス語) |
歴史
[編集]ロシュの街は、聖ウルススによって500年頃に設立された修道院の周囲に発展した当時は「Leucae 」と表記した。886年から1205年までアンジュー伯領に属した。1205年、フィリップ2世がイングランドのジョン王より街を奪うと、13世紀中頃からシャルル9世の時代まで、フランス国王はロシュ城に暮らした。その間に1424年、トゥレーヌ公爵アーチボルド・ダグラス(第4代ダグラス伯)(英語版)に世襲譲渡されたが、程なく1441年にラ・セル=ゲナン(英語版)の領主アントワーヌ・ゲナンがロシュの総督に任じられた。
人口
[編集]人口推移 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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Source: EHESS[4] ならびに INSEE (1968-2017)[5] |
見どころ
[編集]この町は、中央フランスで最も美しい絵のような町の一つに数えられ、岩山の頂上に建つアンジュー家の居城ロシュ城を見上げるように広がる。城の外壁は厚さ 4 m (13 ft)、城内は聖ウルスス教会(教会員が協同して毎日の礼拝を維持する協同教会形式)、王家の小宮殿、要塞塔「ドンジョン」で構成される。
聖ウルスス教会は10世紀から12世紀にかけて建てられた。その特徴は身廊の上に巨大な石のピラミッドを配し、西側の扉の美しい彫刻が際立つ。教会内にアニェス・ソレル[6]の墓がある。
フランス王シャルル7世が建てた宮殿は、かつて副知事官邸として使用された。アンヌ・ド・ブルターニュの礼拝堂を置く。1429年5月11日にここに到着したジャンヌ・ダルクは、オルレアンで歴史的な勝利を収めたばかりで、国王に面会を申し入れた。
要塞塔には12世紀の天守の廃墟の他に、マルトレと呼ばれる監獄があり、ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァ(1452年– 1508年)が獄死した場所として有名。フランス王ルイ11世が建てさせた円塔には鉄製の檻がいくつも収められ、言い伝えでは発明家のバルー枢機卿を含む国家の囚人を拘禁したというが、今では信憑性はない。
ロシュには市庁舎[7]とルネサンスの家屋が複数残っている。前者はフランソワ1世の勅許を受けて1515年に建った。 町の反対側、アンドル川を挟んだ右岸のボーリュー=レ=ロシュ村にはかつて、男爵の居城があった。
経済
[編集]農産物やワイン、木材、家畜の取引に加え、醸造、蒸留酒、革なめしが主な産業である。
著名な人々
[編集]次の人々がこの町で生まれた。
- フルク3世 (アンジュー伯)(970年–1040年)、中世の壮麗な城を建築した最初の一人[8]。
- ニコラ・バルテルミー・デ・ロシュ(英語版)(1478年–1537年以降没)、ベネディクト会修道士で詩人。
- アルフレッド・ド・ヴィニー(1797年–1863年)、詩人、脚本家、小説家[9]。
- ピエール・ニコラ・ジェルディ(英語版)(1797年–1856年)、フランスの医学者で外科医、解剖学者で病理学者、生理学者。
- エルンスト・クリストフ(1827年–1892年)、フランソワ・リュードに師事した彫刻家。友人に詩人ボードレール(1821年-1867年)がある。
- ジャック・ヴィルレ(英語版)(1951年–2005年)、舞台俳優。
姉妹都市
[編集]姉妹都市は以下の通り。
脚注
[編集]- ^ “Répertoire national des élus: les maires [全国選出議員名簿:市長]” (フランス語). data.gouv.fr, Plateforme ouverte des données publiques françaises [フランス公開公共データ・プラットフォーム] (2020年12月2日). 2021年4月16日閲覧。
- ^ maps.google.fr
- ^ “Indre-et-Loire [アンドル=エ=ロワール]” (フランス語) (2011年10月31日). 2012年4月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年4月16日閲覧。 “”
- 準県
- シノン M. Jean-Luc TRESSARD (07-2007)
- (中略)
- ロシェ Mme Elsa PEPIN-ANGLADE (08/2011)
- (中略)
- 2005/07/18 カンタル県知事。
- 2007/10/25 オートピレネー県知事。
- 2009/07/13 ピレネー=オリアンタル州知事。
- 2011/10/26 アンドル・エ・ロワール県知事。
- ^ Des villages de Cassini aux communes d'aujourd'hui. "Cassini: 19776". EHESS. École des hautes études en sciences sociales.
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: Cite webテンプレートでは|access-date=
引数が必須です。 (説明) - ^ “Évolution et structure de la population en 2017 − Recensement de la population – Résultats pour toutes les communes, départements, régions, intercommunalités... | Insee”. www.insee.fr. 2023年2月19日閲覧。
- ^ “Ontolopedia [α : word_show]”. warp.ndl.go.jp. 2025年1月9日閲覧。
- ^ 矢田部厚彦『宰相ミシェル・ド・ロピタルの生涯 : あるルネサンス政治家と良心の自由』読売新聞社、1985年6月。NDLJP:12225559。
- ^ Halphen, Louis (1911). Encyclopædia Britannica (英語). Vol. 11 (11th ed.). p. 294.(仏: Halphen, Louis) .
- ^ Saintsbury, George (1911). Encyclopædia Britannica (英語). Vol. 28 (11th ed.). pp. 61–62.(英: Saintsbury, George) .
- ^ “St Andrews twinning pact signed in saint's celebrations”. www.fifetoday.co.uk. 2015年12月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年3月19日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]