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ラージナート・シン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ラージナート・シン
राजनाथ सिंह
ラージナート・シン(2020年2月)
生年月日 (1951-07-10) 1951年7月10日(73歳)
出生地 インドの旗 インドウッタル・プラデーシュ州チャンダウリー県バッバーウラ村
出身校 ゴーラクプル大学
所属政党 インド人民党
配偶者 サヴィトリ・シン
親族 パンカジ・シン(長男)
公式サイト Rajnath Singh

インドの旗 インド国防大臣
内閣 第2次モディ内閣
在任期間 2019年5月31日 -
大統領 ラーム・ナート・コーヴィンド
ドラウパディ・ムルム

インドの旗 インド内務大臣
内閣 第1次モディ内閣
在任期間 2014年5月26日 - 2019年5月30日
大統領 プラナブ・ムカルジー
ラーム・ナート・コーヴィンド

インドの旗 インド農業大臣
在任期間 2003年5月24日 - 2004年5月22日
首相 アタル・ビハーリー・ヴァージペーイー

在任期間 2000年10月28日 - 2002年3月8日
知事 スーラジ・バン
ヴィシュヌ・カント・シャストリ

インドの旗 インド道路交通・高速道路大臣
在任期間 1999年11月22日 - 2000年10月27日
首相 アタル・ビハーリー・ヴァージペーイー

その他の職歴
インド人民党総裁
2005年12月31日 - 2009年12月19日
2013年1月24日 - 2014年7月8日
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ラージナート・シンヒンディー語: राजनाथ सिंह, ラテン文字転写: Rajnath Singh, 1951年7月10日 - )は、インド政治家民族義勇団に長年所属する指導者[1]で、所属しているインド人民党の理念であるヒンドゥトヴァを唱導している[2]

経歴

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ウッタル・プラデーシュ州チャンダウリー県英語版のバッバーウラ村にあるラージプートの農民の家に、父ラムバダン・シンと母グジャラーティ・デビとの間に生まれた[3][4]。13歳で民族義勇団に加入。ゴーラクプル大学英語版物理学修士英語版号を取得し、KB大学院大学で物理学の講師となった[2]

連邦議会議員として、ローク・サバー(代議院、下院)に2度(1994年 - 2001年、2002年 - 2008年)、ラージヤ・サバー(国家評議会、上院)に1度(2009年 - )選出された[5]。地方政治でも活躍し、ハイダーガル英語版から選出されたウッタル・プラデーシュ州議会英語版議員のままヴァージペーイー政権で閣外大臣を2度(道路交通・高速道路大臣、農業大臣)務めた[6]。その後、ウッタル・プラデーシュ州首相英語版に選出され、インド人民党の総裁を2度(2005年 - 2009年、2013年 - 2014年)務めた。第1次モディ内閣内務大臣英語版として入閣し、現在は第2次モディ内閣国防大臣英語版の任にある。

長男のパンカジ英語版は現在ウッタル・プラデーシュ州議会議員である。

出典

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ニューデリーで開催された第7回アジア防災閣僚級会議英語版におけるナレンドラ・モディ首相(中央)とキレン・リジジュ英語版内務担当閣外大臣(後ろ)とシン(2016年11月)
カイラシュ・サティーアーティと会見するシン(2017年11月)
カナダ保守党アンドリュー・シーア英語版党首と会見するシン(2018年10月)
ムンバイスコルペヌ型潜水艦カンデリ英語版に乗り込もうとするシン(2019年9月)