ヤヒヤ・シンワルの殺害

イスラエルによるヤヒヤ・シンワルの殺害
イスラエル国防軍によって撮影された殺害直前のヤヒヤ・シンワル
戦争：2023年パレスチナ・イスラエル戦争
年月日：2024年10月16日
場所：ガザ地区,ラファフ
結果：イスラエルの勝利。 目標のシンワルを殺害
交戦勢力
イスラエル	ハマース
指導者・指揮官
ベンヤミン・ネタニヤフ	ヤヒヤ・シンワル †
戦力
不明	ヤヒヤ・シンワルと部下
損害
兵士1人が負傷	ヤヒヤ・シンワルが死亡

ヤヒヤ・シンワルの殺害 (ヘブライ語:הריגת יחיא סינוואר、英語:Killing of Yahya Sinwar)は、2024年10月16日にハマスの政治局長ヤヒヤ・シンワルがガザ地区においてイスラエル国防軍によって殺害された事件。

概要

イスラエル軍とハマスとの銃撃戦が開始される前、第828ビスラマチ旅団所属の兵士はガザ地区ラファフにて疑わしい活動を報告し、交戦命令を受けた。部隊のドローンが3人の過激派メンバーが建物から出てくるのを発見すると、兵士たちは彼らに発砲したが、その中にシンワルがいるとは知らなかった。過激派メンバーは散り散りになり、シンワルは近くの建物に一人で入った。その後、銃撃戦が起こり、イスラエル軍兵士1人が重傷を負った。イスラエル軍の戦車がシンワルのいる場所に発砲し、兵士たちは建物に進入したが、シンワルが手りゅう弾を投げつけたため撤退した。イスラエル軍はその後ドローンを派遣して内部を調査し、負傷したシンワルを発見したが、交戦部隊はまだ彼の身元を知らなかった。翌日再び突入した後、彼らは破壊された建物でシンワルと思われる遺体を発見し、特徴がシンワルに酷似していることから彼の遺体ではないかと疑惑を抱いた。イスラエル軍の兵士らはシンワルと思われる遺体から指を切り取り、身元確認のためにイスラエル本国に送った。その日遅く、シンワルと思われる遺体もイスラエルに運ばれた。

シンワルの遺体は歯科記録とDNA鑑定によって身元が確認され、その後すぐにイスラエル当局によって死亡が確認された。イスラエルの病理学者によると、遺体には様々な原因による傷が見られ、シンワルは頭部を撃たことによる重度の外傷性脳損傷をによって死亡したと発表した。ハマスも10月18日にシンワルの死亡を公式に認めた。その後、イスラエル軍によって公開されたイスラエル軍のドローンによる映像は多くの人の目に留まり、シンワルがドローンに棒を投げつけ負傷している様子が映っている。イスラエルの一部はこの映像を敗北を示していると評したが、シンワルの支持者は彼の行動を反抗の象徴と解釈した。専門家は、この映像がシンワルの死後の英雄化につながることを懸念し、イスラエルがそもそもこの映像を公開した選択を疑問視した。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、シンワル殺害は「決着がついた」と述べたが、イスラエルの人質が返還されるまで戦争は全力で続くと警告した。アメリカのジョー・バイデン大統領は 「イスラエル、アメリカ、そして世界にとって良い日だ」と述べ、シンワルの死をオサマ・ビンラディン殺害と比較し、ガザ地区にハマスのいない「明日」を迎える機会を与える]と強調した。シンワルの死を認めたハマスの声明の中で、バセム・ナイムは「ハマスは指導者を排除するごとに強くなり、人気が高まっている。人々を失うことは、特にヤヒヤ・シンワルのようなユニークな指導者を失うことは辛いが、我々は最後には勝利すると確信している」と述べた。

経緯

2015年9月にヤヒヤ・シンワルはアメリカ政府によりテロリストに指定された。 シンワルは2017年2月からガザ地区でハマスの最高指導者を務めていた。シンワルの指導力は軍事力の強化と支援国イランおよびレバノンのヒズボラとの関係に重点が置かれていた。シンワルはイスラエルの破壊に専心しており、軍事部門のトップであるムハンマド・デイフとともに、 2023年10月7日のハマス主導のイスラエル攻撃の主犯の一人であると推測されている。シンワルの指導の下、ハマスは実行の2年前からこの攻撃を計画していた。イスラエル史上最も犠牲者を出したこの攻撃により、シンワルはイスラエルとハマスの戦争（イスラエルとパレスチナの闘争で最も犠牲者を出した紛争の一つ）を引き起こし、広範囲にわたる破壊、死傷者、故郷ガザ地区への避難をもたらした軍事的対応を引き起こしたが、シンワルはこれらすべてを「必要な犠牲」とみなした。シンワルはまた、イスラエルの軍事行動により能力が大幅に低下したヒズボラを含むイランと抵抗軸であるフーシ派、イラク民兵をイスラエルとの直接衝突に引き込んだとされている。

2024年2月にシンワルが家族とともにガザ地区の地下トンネル内を移動する動画が公開された。2024年8月には、シンワルが女性の格好をして地上に現れるのではないかという憶測もなされていた。国際刑事裁判所（ICC）は、5月に発表されたように、シンワルに対して戦争犯罪の起訴状を発行する予定であった。シンワルは、イスマイル・ハニヤの暗殺後、2024年8月6日にハマスの最高指導者である政治局長に指名された。翌月にアメリカ司法省はシンワルに対して提出していた刑事起訴状を公開した。

戦争中、ガザ地区の住民は数回に渡ってデモやオンラインメディアを通じてハマス及びシンワル、経済状況を批判した。シンワルは殺害される前の演説で、心臓発作や交通事故で死ぬよりはイスラエルに殺されたほうがましだと述べていた。また、過去には「敵と占領軍が私に与えてくれる最高の贈り物は私を暗殺し、彼らの手によって殉教することだ」と語っていたこともある。

イスラエルの治安当局は、シンワルがラファのテル・アル・スルタン地区に隠れていることを数ヶ月前から把握していたと伝えられているが、正確な居場所は不明のままであった。 8月31日にシンワルが後に殺害された建物の近くで人質6人が殺害された。彼は彼らと同じトンネルにいたと伝えられている。米国は、イスラエル国防軍がシンワルの捜索範囲を絞り込むのに役立つ情報収集に協力したと述べたが、彼を殺害した作戦への関与を否定した。

殺害

2024年10月17日にイスラエル国防軍（IDF）は、シンワルがラファで殺害された「可能性が高い」と発表した。イスラエル軍は前日の16日にハマスの武装グループと銃撃戦を起こし、3人の戦闘員を殺害していた。銃撃戦はビスラマチ旅団の兵士によって実行されたが、ネタニヤフ首相によると、彼らは誰と戦っているのか知らなかった。近くに人質はいなかったと発表した。イスラエル軍の広報担当者によると、シンワルは戦車が建物に発砲する前に、損傷した建物の中にいたという。イスラエルの病理学者は、シンワルは戦車やミサイルの射撃で右前腕を負傷し、左足は「崩れた石積み」で、胸には複数の破片の傷を負った後、頭部を撃たれ、「重度の外傷性脳損傷」で死亡したと公表した。シンワルの頭部への銃撃は、建物に向けて戦車砲弾が発射された後に戦闘が終了していたというイスラエル国防軍の報告と矛盾しているとの指摘もある。

イスラエル国防軍はまた、シンワルのボディーガードであるマフムード・ハムダンを2024年9月10日に暗殺したと誤って発表した後、殺害したと発表した。 ハマスも後にハムダンの死亡を公式に認めた。

殺害の順序

2024年10月16日午前10時頃、イスラエル国防軍の部隊は付近の建物に出入りする不審な人物に気付き、直ぐに交戦命令が出された。午後3時頃、イスラエル国防軍の兵士が操作するドローンが建物から出てくる3人の過激派メンバーを探知した。2人は毛布にくるまり、3人目(シンワル)のために道を空けていた。 イスラエル軍の兵士らは発砲し、集団は散り散りになり、2人が1つの建物に入り、3人目（後にシンワルであることが判明）は別の建物に入り2階に登った。続いて起こった銃撃戦でイスラエル軍兵士1人が重傷を負った。イスラエル軍の戦車がシンワルの場所に砲弾を発射し、イスラエル軍兵士が建物の掃討を開始した。シンワルは手りゅう弾2発を兵士に向けて投げつけ、1つは爆発し、もう1つは爆発しなかった。その後、イスラエル軍部隊は撤退してドローンを送り込み、顔を覆った負傷した人物が棒のような物でドローンを空中から叩き落とそうとしているのを発見した。当時、覆面の男がシンワルであることは知られていなかった。

事件後、イスラエル軍部隊は、事件現場となった破壊された建物を調査していたところ、シンワルに酷似した遺体を発見した。遺体は軍服を着用し、手榴弾と銃を持っていた。 またその他に現金4万シェケル（NIS）、ライター、シンワルとは無関係のUNRWA教師のパスポートも所持していたことも確認されている。遺体3体は現金、武器、偽造身分証明書を所持していたと公表されている。

その後、イスラエル当局は安全保障閣僚に対し、シンワルが死亡した可能性が高いと伝えた。イスラエル国防軍は作戦中にシンワルを特に標的にしておらず、シンワルがこの地域にいるとは予測していなかった。

当初の報道では、イスラエル国防軍がシンワルの刑務所時代の記録を保有しているため、正式な身元確認のためにDNA、歯型、指紋の検査が行われるとされていた。ソーシャルメディアで出回った写真には、シンワルと思われる遺体が頭部と脚に傷を負っているとされている。ニューヨーク・タイムズによると、写真は曲がった歯や特徴的なほくろなど、シンワルの過去の映像と一致していたという。

遺体の写真を掲載したイスラエルの新聞「イェディオト・アハロノト」は、イスラエルの法医学警察部隊がシンワルの歯科記録と完全に一致したことを公表した。イスラエル警察は声明で、遺体はシンワルの歯科記録と指紋と一致したと述べた。この身元確認はDNA鑑定によってさらに確認された。ハマスも10月18日にシンワルの死亡を正式に公表した。イスラエル国立法医学センターの主任法医学病理学者チェン・クーゲルによる検死の結果、死因はシンワルの頭部への銃撃であったことを公表した。

関連項目

• 2023年パレスチナ・イスラエル戦争