ボリス・カウフマン
表示
ボリス・カウフマン Boris Kaufman | |||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
生年月日 | 1897年8月24日 | ||||||||||||
没年月日 | 1980年6月24日(82歳没) | ||||||||||||
出生地 | ロシア帝国ベロストーク州ビャウィストク | ||||||||||||
死没地 | アメリカ合衆国 ニューヨーク | ||||||||||||
職業 | 撮影監督 | ||||||||||||
著名な家族 |
ジガ・ヴェルトフ(兄) ミハイル・カウフマン(兄) | ||||||||||||
|
ボリス・カウフマン(Boris Kaufman, 1897年8月24日 - 1980年6月24日)は、アメリカ合衆国で活動した撮影監督。映画監督のジガ・ヴェルトフ、撮影監督・写真家のミハイル・カウフマンは兄。
略歴
[編集]ポーランド(当時はロシア帝国の一部であった)のビャウィストクでユダヤ系の家庭に生まれた。1917年のロシア革命の後、カウフマンは両親と共にポーランドに移るが、兄のジガ・ヴェルトフとミハイル・カウフマンはソ連に残り、アヴァンギャルドな、またアジ宣伝の作品で有名になったが、この3兄弟が再び出会うことはなく、手紙で近況を知らせあうのみであった。
ソルボンヌ大学を卒業後に映画撮影監督となり、ジャン・ヴィゴ作品などに参加。第二次世界大戦中はフランス軍に従軍、ナチと戦うが、フランスが敗れた後にカナダに移住、ジョン・グリアソンらと働いた後、1942年にアメリカに移住。
アメリカで短編映画やドキュメンタリー作品を手がけていたが、1954年にエリア・カザンの『波止場』を手がけ、アカデミー撮影賞を受賞した。また、シドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』などでも高い評価を得た。
主な作品
[編集]- 新学期・操行ゼロ Zéro de conduite: Jeunes diables au collège (1933)
- アタラント号 L'Atalante (1934)
- 波止場 On the Waterfront (1954)
- ベビイ・ドール Baby Doll (1956)
- 十二人の怒れる男 12 Angry Men (1957)
- 私はそんな女 The Kind of Woman (1959)
- 蛇皮の服を着た男 The Fugitive Kind (1959)
- 草原の輝き Splendor in the Grass (1961)
- 夜への長い旅路 Long Day's Journey Into Night (1962)
- 質屋 The Pawnbroker (1964)
- 暗殺 The Brotherhood (1968)
受賞歴
[編集]アカデミー賞
[編集]- 受賞
- 1955年 アカデミー撮影賞 (白黒部門):『波止場』