フリスティヤン・ミツコスキ
フリスティヤン・ミツコスキ Христијан Мицкоски | |
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(公式写真、2024年撮影) | |
生年月日 | 1977年9月29日(47歳) |
出生地 | ユーゴスラビア(現 北マケドニア)、スコピエ |
出身校 | 聖キリル・メトディウス大学 |
前職 | 機械エンジニア |
所属政党 | 内部マケドニア革命組織・マケドニア国家統一民主党(VMRO-DPMNE) |
子女 | 2人 |
第14代 マケドニア共和国首相 | |
在任期間 | 2024年6月23日 - 現職 |
大統領 | ゴルダナ・シルヤノフスカ=ダフコバ |
フリスティヤン・ミツコスキ(マケドニア語: Христијан Мицкоски、Hristijan Mickoski 、1977年9月23日 - )は、北マケドニアの政治家。同国第14代首相を2024年から務める。内部マケドニア革命組織・マケドニア国家統一民主党(VMRO-DPMNE)党首。政界進出前は母校で大学教授を数年務めていた。
来歴
[編集]1977年9月29日にスコピエで生まれる。聖キリル・メトディウス大学で機械工学の博士号を取得。卒業後は母校で機械工学部教授を務めていた[1][2]。2011年、ミツコスキはウィーン工科大学の客員教授に就任[3]。
2016年から2017年まで、ミツコスキは国営電力会社の傘下にある北マケドニア発電所所長を務めた[4]。2015年から2017年まで、ミツコスキはニコラ・グルエフスキ首相とエミル・ディミトリエフ首相のエネルギー政策担当顧問に任命されている。
ニコラ・グルエフスキの辞任後、ミコスキは2017年12月23日にヴァランドヴォで開催されたVMRO-DPMNEの第16回党大会で、党首に選出される[5][6]。
一部の党員によると、ミツコスキは学生連合としてVMRO-DPMNEを非難し、同党と軋轢を繰り広げた関係であった[7]。北マケドニア唯一の副大統領を務めたリュブチョ・ゲオルギエフスキは2016年に初めて党員として姿を現したという[8]。ミツコスキが親EUと親NATOの方向性の信憑性は、一部の政治的オブザーバーによって疑われている[9][10]。マケドニア名称論争の主犯格であるギリシャと締結したプレスパ協定を破棄させると語っている[11]。2022年9月、ミツコスキはブルガリアと北マケドニアの友好条約の破棄に向けた国民投票を提案している[12]。ハンガリーのオルバーン・ヴィクトル首相とセルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領などの権威主義的指導者と親交が深い[13][14][15]。
2024年北マケドニア議会選挙でVMRO-DPMNE含む連立与党3党で議席を大多数確保し、党首のミツコスキは大勝利へと導いた[16]。同年6月6日にゴルダナ・シルヤノフスカ=ダフコバから新政府の組閣を命じられる[17]。自身の内閣ではロシアとセルビアに関係が深い人物を閣僚に指名している[18]。6月23日に北マケドニア議会からミツコスキの首相就任が承認され、ミツコスキ内閣が正式に発足[19]。
就任後の2024年7月、ミコスキはワシントンで開催されたNATOサミットでハンガリーのオルバーン・ヴィクトルと会談。ミツコスキは両国間の協力関係を確立するため経済協定を締結したことを伝えた。協定はハンガリーが北マケドニアに多額の金融信用を提供することを目的としている[20]。
脚注
[編集]- ^ “Мицкоски Христијан”. Универзитет "Св. Кирил и Методиј", Машински факултет – Скопје (2009年6月22日). 2017年12月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月13日閲覧。
- ^ “Христијан Мицкоски е новиот претседател на ВМРО-ДПМНЕ” (マケドニア語). NovaTV (2017年12月13日). 2022年6月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月13日閲覧。
- ^ “Новиот генерален секретар на ВМРО-ДПМНЕ е Христијан Мицкоски, директор на ЕЛЕМ” (マケドニア語). МКД.мк (2017年6月30日). 2019年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月13日閲覧。
- ^ “Христијан Мицкоски - претседател на Владата” (マケドニア語). Kanal 5 (2024年7月23日). 2024年6月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月13日閲覧。
- ^ “Христијан Мицковски - нов лидер на ВМРО-ДПМНЕ”. 24 ВЕСТИ (2017年12月23日). 2018年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月13日閲覧。
- ^ “Hristijan Mickoski to Lead Macedonia’s Frail Opposition”. Balkan Insight (2017年12月23日). 2024年8月14日閲覧。
- ^ Димковиќ-Мишевска, Габриела (2017年12月5日). “Христијан Мицкоски иден лидер на ВМРО-ДПМНЕ?!” (マケドニア語). МАКФАКС. 4 April 2023時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年2月26日閲覧。
- ^ Деск 2 (2024年3月7日). “Георгиевски го нарече Мицкоски „идеолошки наследник на Четничкиот вардарски корпус“” (マケドニア語). Рацин.мк. 2024年8月13日閲覧。
- ^ “Mickoski's offer no longer stands”. Independent Balkan News Agency (2019年7月7日). 2021年7月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月13日閲覧。
- ^ Taylor, Alice (2022年2月25日). “War with Russia and what it means for the Western Balkans” (英語). www.euractiv.com. 2024年8月13日閲覧。
- ^ “Mickoski: Zaev’s deal is capitulation, VMRO-DPMNE will not support it” (英語) (2018年6月13日). 2024年6月28日閲覧。
- ^ “ВМРО-ДПМНЕ обяви въпроса за референдума, свързан с Договора за приятелство с България”. Dnes.dir.bg (2022年9月5日). 2024年8月13日閲覧。
- ^ “Mickoski in Budapest meets with Orban, says support from Hungary proof of friendship”. MIA (2023年10月24日). 2024年6月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年6月26日閲覧。
- ^ “North Macedonia Opposition Leader Attends Orban’s Victory Party”. Balkan Insight (2022年4月4日). 2024年6月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年6月26日閲覧。
- ^ “Орбан и Вучич поздравиха Силяновска и ВМРО-ДПМНЕ с изборната победа” (ブルガリア語). www.bta.bg. 2024年6月28日閲覧。
- ^ “北マケドニア総選挙、保守系野党が圧勝 EU加盟に影響の可能性も”. 朝日新聞デジタル 2024年8月13日閲覧。
- ^ “North Macedonia’s center-right leader given official mandate to form government after election win”. Associated Press (2024年6月6日). 2024年6月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月13日閲覧。
- ^ “Close Allies, Fewer Albanians and a Moscow Fan – North Macedonia’s Govt Takes Shape”. Balkan Insight (2024年6月20日). 2024年8月13日閲覧。
- ^ “北マケドニアで議会が新政権を承認、中道右派ミツコスキ氏が首相に EU加盟の行方焦点”. 朝日新聞デジタル. 2024年8月14日閲覧。
- ^ “Mickoski - Orban: Agreement reached on special financial cooperation with Hungary”. MIA (2024年7月11日). 2024年8月13日閲覧。
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