パイオニウム
パイオニウム(英: Pionium)は、正負の電荷を持つパイ中間子2個がクーロン力によって束縛されたエキゾチック原子である。実験的には、加速器で加速した陽子を標的となる原子核に衝突させて作られる。
平均寿命は3×10-15秒程度で、大部分は強い相互作用によって2個の中性パイ中間子π0に崩壊し、0.4%程度の低確率で2個の光子に崩壊する。
現在、欧州原子核研究機構 (CERN) におけるDIRAC実験では、パイオニウムの平均寿命を調べる研究が行われている。この実験では、2008年に11%[1]、2011年に9%程度[2]の標準誤差でパイオニウムの平均寿命が報告されている。
2005年にCERNで行われた NA48/2実験では、荷電K中間子の崩壊過程においてパイオニウムが生成する証拠が得られ、終状態として3個のパイ中間子が得られる反応(K±→π±π0π0)について調べられた[3]。
実験の目的
[編集]パイオニウムの平均寿命を実験で測定することは、パイオニウム崩壊のような低エネルギー領域の物理現象を記述する理論(カイラル摂動論)の精度を検証するためにも重要な課題である。
一般に粒子の平均寿命の逆数は崩壊幅として表されるが、パイオニウムのπ0π0崩壊に対する崩壊幅はS波のππ散乱長と関係している。パイオニウムA2πの基底状態について、平均寿命τと崩壊幅Γは
と表される。ここで、αは微細構造定数、p*はパイオニウム静止系におけるπ0の運動量、a0とa2はアイソスピン0と2におけるS波のππ散乱長、mπ+はπ+の質量、δはQEDとQCDによる補正項であり、δ=(5.8±1.2)×10-2の値[4]が知られている。
上式中の散乱長は、カイラル摂動論を用いて誤差1.5%という高い精度で予言でき、
と求まる。この値を用いると、パイオニウムの平均寿命の理論値はτ=(2.90±0.10)×10-15秒となる[5]。
このように、もしパイオニウムの平均寿命が実験で精密に測定できれば、量子色力学の低エネルギー有効理論としてのカイラル摂動論の検証に役に立つ。
一例として、2011年にDIRAC実験から報告された結果では、21227個のサンプルによって得られた平均寿命と、そこから換算されたS波のππ散乱長の差は
となる[2]。この実験結果は、パイオニウム基底状態の平均寿命に対して9%、ππ散乱長に対しては4%の誤差を持つ精度である。
脚注
[編集]- ^ Zhabitsky, M.; et al. (2008). "Measurement of the pionium lifetime". arXiv:0809.4963。
- ^ a b Adeva, B.; et al. (2011). “Determination of ππ scattering lengths from measurement of π+π− atom lifetime”. Physics Letters B 704 (1–2): 24-29. arXiv:1109.0569. doi:10.1016/j.physletb.2011.08.074.
- ^ Batley, J. R.; et al. (NA48/2 Collaboration) (2005). “Observation of a cusp-like structure in the π0π0 invariant mass distribution from K± → π±π0π0 decay and determination of the ππ scattering lengths”. Physics Letters B 633 (2–3): 173–182. arXiv:hep-ex/0511056. Bibcode: 2006PhLB..633..173N. doi:10.1016/j.physletb.2005.11.087.
- ^ Gasser, J.; Lyubovitskij, V.E.; Rusetsky, A.; Gall, A. (2005). “Decays of the π+ π- atom”. Physical Review D 64 (1): 016008. arXiv:hep-ph/0103157. Bibcode: 2001PhRvD..64a6008G. doi:10.1103/PhysRevD.64.016008.
- ^ Colangelo, G.; Gasser, J.; Leutwyler, H. (2001). “ππ scattering”. Nuclear Physics B 603 (1–2): 125-179. arXiv:hep-ph/0103088. doi:10.1016/S0550-3213(01)00147-X.
参考文献
[編集]- レビュー論文
- Gasser, J.; Lyubovitskij, V.E.; Rusetsky, A. (2008). “Hadronic atoms in QCD + QED”. Physics Reports 456 (5-6): 167-251. arXiv:0711.3522. doi:10.1016/j.physrep.2007.09.006.
- Gasser, J.; Lyubovitskij, V.E.; Rusetsky, A. (2009). “Hadronic Atoms”. Annual Review of Nuclear and Particle Science 59: 169-190. arXiv:0903.0257. Bibcode: 2009ARNPS..59..169G. doi:10.1146/annurev.nucl.010909.083806.
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- “Collaboration DIRAC”. 2012年7月1日閲覧。 - DIRAC実験の公式サイト