ハロルド・ガーフィンケル
ハロルド・ガーフィンケル | |
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生誕 |
1917年10月29日 ニュージャージー州ニューアーク |
死没 |
2011年4月21日 (93歳没) カリフォルニア州ロサンゼルス |
研究分野 | 社会学 |
主な業績 | エスノメソドロジーの創始者 |
影響を 受けた人物 |
アロン・ギュルヴィッチ タルコット・パーソンズ アルフレッド・シュッツ |
影響を 与えた人物 |
ハーヴェイ・サックス マイケル・リンチ ルーシー・サッチマン ブリュノ・ラトゥール |
プロジェクト:人物伝 |
ハロルド・ガーフィンケル(Harold Garfinkel, 1917年10月29日 - 2011年4月21日[1][2])は、アメリカ合衆国の社会学者。アルフレッド・シュッツに影響を受ける。エスノメソドロジーの創始者。
来歴
[編集]1917年、ニュージャージー州のユダヤ系の家庭[3]に生まれる。ニューアーク大学(現・ラトガース大学)で会計学を学んだ後、ノースカロライナ大学に進み社会学の修士号を取得[4]。
第二次大戦後、ハーバード大学に進学し、新設の社会関係学部でタルコット・パーソンズに師事しながら、同時にアルフレッド・シュッツのもとで研究を行った[4]。ガーフィンケルの関心は、パーソンズと同様に社会秩序にあったが、その分析視点はまったく異なるものであった。パーソンズは独自のシステム理論により社会秩序の統合原理を解明しようとしていたが、ガーフィンケルによれば、社会秩序は本来的に不安定で不確実なものであり、そうした統合原理を見出すことは困難である。しかしながら、人びとはさほどの困難もなく日常生活を営んでいる。そこで、ガーフィンケルは、日常生活のなかで人びとが状況を規定し、自明な現実を構成しようとする意味付与活動に焦点を当てた分析を展開した。
1954年に開催されたアメリカ社会学会大会において、ガーフィンケルは自身の手法を初めて「エスノメソドロジー」と名付けた。その後、カリフォルニア大学で教鞭をとるようになり、1987年に退職。ガーフィンケルの手法は、ハーヴェイ・サックス、エマニュエル・シェグロフ、ゲイル・ジェファーソンらの会話分析を生み出すとともに、マイケル・リンチらさまざまな研究者によるさまざまなエスノメソドロジー的研究をもたらした。
ほかにも、社会学者のハワード・S・ベッカーによる即興ジャズ研究、人類学者のルーシー・サッチマンによる技術研究、さらにはブリュノ・ラトゥールによる実験室研究やアクターネットワーク理論などの展開にも大きな影響を及ぼした。
著書
[編集]- エスノメソドロジー――社会学的思考の解体
- 日常性の解剖学――知と会話
- エスノメソドロジーの想像力
脚注
[編集]- ^ “2011年度秋の研究大会・短信”. エスノメソドロジー・会話分析研究会. 2018年2月11日閲覧。
- ^ SpringerLink
- ^ Anne Rawls, "Harold Garfinkel" in George Ritzer, The Blackwell Companion to Major Contemporary Social Theorists, John Wiley & Sons (2008), p. 131
- ^ a b Ritzer, George. 2011. "Ethnomethodology." Pp. 391-415 in Sociological Theory. 8th Ed. New York, NY: McGraw-Hill.