ニコラオス・ゲオルガンタス
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選手情報 | |||||||||||||||||||||||||||
フルネーム | ニコラオス・ゲオルガンタス | ||||||||||||||||||||||||||
国籍 | ギリシャ | ||||||||||||||||||||||||||
種目 | 円盤投 | ||||||||||||||||||||||||||
生年月日 | 1878年3月12日 | ||||||||||||||||||||||||||
生誕地 | サラミス島 | ||||||||||||||||||||||||||
没年月日 | 1958年1月23日(79歳没) | ||||||||||||||||||||||||||
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ニコラオス・ゲオルガンタス(ギリシャ語:Νικόλαος Γεωργαντάς、ローマ字:Nikolaos Georgantas 1878年3月12日 - 1958年1月23日)は、ギリシャの陸上競技選手。1904年セントルイスオリンピックの銅メダリストである。サラミス島出身。
経歴
[編集]ゲオルガンタスは、20世紀初頭のギリシャの投てき選手である。交通事情が今とは比べ物にならないくらい不便な1904年に、アメリカ内陸部で行われたセントルイスオリンピックに出場。砲丸投では失格となってしまったが、円盤投では37m68で、アメリカのマーチン・シェリダン、ラルフ・ローズの2人に次いで銅メダルを獲得した。
2年後の1906年にアテネで行われたオリンピックの中間大会において、ゲオルガンタスは、円盤投の2種目(通常のスタイル、ギリシャ式)と石投げに出場。円盤投では、38m06で、アメリカのシェリダンに2年前に続いて敗れ銀メダルとなった。古代ギリシャの彫刻家ミュロンの作品「円盤投(Discobolus)」のように台の上に乗って投げるギリシャ式円盤投では、32m80でフィンランドのヴェルネル・ヤルビネンに敗れ銀メダルに終わった。一方、6.4kgの石投げでは、19m925で2位のシェリダンに勝利し、金メダルを獲得した。
ゲオルガンタスは、2年後の1908年ロンドンオリンピックでも円盤投を含め4種目に出場(開会式では旗手も務めた)。ギリシャ式円盤投で33.20mの6位という成績が残っているが、円盤投、やり投(自由形)、砲丸投の3種目については記録が残っておらず順位も不明である。
外部リンク
[編集]- ニコラオス・ゲオルガンタス - Olympedia