コンテンツにスキップ

ナツノハナワラビ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナツノハナワラビ
Botrychium virginianum
ナツノハナワラビ Botrypus virginianum
分類PPG I 2016, Zhang et al. 2020
: 植物界 Plantae
: 維管束植物門 Tracheophyta
亜門 : 大葉植物亜門 Euphyllophytina
: 大葉シダ綱 Polypodiopsida
亜綱 : ハナヤスリ亜綱 Ophioglossidae
: ハナヤスリ目 Ophioglossales
: ハナヤスリ科 Ophioglossaceae
亜科 : Bortychioideae
: ナツノハナワラビ属 Botrypus
Michx. (1803), nom. illeg.
: ナツノハナワラビ B. virginianum
学名
Botrypus virginianus (L.) Michx. (1803)
シノニム
和名
ナツノハナワラビ

ナツノハナワラビ Botrypus virginianus は、ハナヤスリ科に属する大葉シダ植物の1つ。長い共通柄(担葉体)の先に羽状複葉の栄養葉(担栄養体)と同じく羽状に枝を出す胞子葉(担胞子体)をセットにつける。胞子葉を初夏に出す、夏緑性の真嚢シダ類である[1]

1種でナツノハナワラビ属 Botrypus を構成する[2]

名称

[編集]

和名は「夏の花蕨」の意で[3][4]、夏緑性であることや[3][1]、5–6月に胞子穂を出すことによる[4]

特徴

[編集]
腊葉標本
太い根が見える
担栄養体
担胞子体
ナツノハナワラビのスケッチ。胞子には疣状の突起がある。

夏緑性の草本[5][6]、生育期は4–9月である[7]

根茎は短く直立し、肉質で円柱形をなす[5]。そこから多肉質を多数、螺旋状に出す[5]

は年に1枚ずつ出る[5]。葉はまず共通柄(担葉体)があり、その先端が分岐して栄養葉と胞子葉となっている。この全体の大きさは25–70 cm に達する[5]。そのうち担葉体は長さ15–35 cm、葉全体の長さのほぼ半分に達し、ほとんど無毛で基部に開口部がある[5]。担葉体は淡紅色である[6]

栄養葉(担栄養体)は無柄で担葉体との間に直接付く[5]。3–4回羽状に深裂する[5][1][8][6]。最下羽片がよく発達するため3出複葉状で[5][9]、全体としては広五角形状をなす[5]。葉先は鈍頭から鋭頭で、葉脚は截形かやや心形[5]羽片は広卵形で、基部の小羽片は小さい[5]。両側の最下羽片は広卵形で大きく、中央の羽片に匹敵する[7]。大きい小羽片は長楕円形から卵状披針形[5]。下方の小羽片は有柄である[7]。裂片は楕円形から長楕円形で先端は鋭尖頭で、辺縁は深裂または明瞭な鋸歯がある[5][7]。担栄養体の長さは5–28 cm、幅7–30 cm[5]。葉質は薄くて柔らかい草質で淡い浅緑色[5][6]。裏面の中肋にはその上に白いがある[5]。葉脈は遊離し、二又分岐する[6]。脈端は辺縁に達する[6]

胞子葉(担胞子体)は上向きに直立し、10–30 cm の柄の上について3-4回羽状に分枝し、全体としては卵状三角形を呈す[5]。担胞子体の羽片には柄があり、長さ10–20 cm の円錐花序状(複穂状[6])の胞子嚢穂をなす[5][7]

胞子は6月に成熟する[7]。胞子の表面には大きな疣状の突起がみられる[5]

染色体基本数は x = 92[5]4倍体で、有性生殖を行う[5][3]

分布と生育環境

[編集]
林床に生育するナツノハナワラビ

北半球の温帯から暖帯にかけて(ロシア朝鮮中国南アジアヨーロッパ北アメリカ)に加え、中南米までに広く分布する[5][3]日本では北海道本州四国九州中部までに分布する[5]。タイプ産地は北米である[3]

山地疎林林床に生える[5]

分類

[編集]

本種はハナワラビ類の特徴を持つが、日本の他の種と較べると担葉体が長くて栄養葉を地表から離れた場所に出し、夏緑性であることなどで独特である[10]

このような性質はナガホナツノハナワラビと共通しており、ともにハナワラビ属 Botrychiumナツノハナワラビ亜属 subg. Osmundopteris とされていた[3]。別属に分けて扱われることもあり、例えばアリサンハナワラビ Japanobotrychium arisanense Masam. (=Japanobotrychium lanuginosum (Wall. ex Hook. & Grev.) M.Nishida ex Tagawa (1958))をタイプに設立された属 Japanobotrychium に含められ、これが「ナツノハナワラビ属」として扱われたこともあった[9]PPG I (2016) ではこの2種がナツノハナワラビ属 Botrypus として扱われたが、分子系統解析から既に側系統であることが指摘されており、分類の整理が求められていた[3][11][12]。そこで、Zhang et al. (2020) によりナガホナツノハナワラビが佐橋紀男献名された新属 Sahashia Li Bing Zhang & Liang Zhang (2020) に移されて Sahashia stricta (Underw.) Li Bing Zhang & Liang Zhang (2020) となり、ナガホナツノハナワラビとナツノハナワラビはそれぞれ1種で1属を構成する分類群となった。

ハナワラビ類の系統関係は以下の通りである[13]

ハナワラビ類

ナガホナツノハナワラビ Sahashia

ナツノハナワラビ Botrypus

アリサンハナワラビ属 Japanobotrychium

オオハナワラビ属 Sceptridium

ヒメハナワラビ属 Botrychium

ケイログロッサ属 Cheiroglossa

Botrychioideae

ナガホナツノハナワラビは本種とよく似ているが胞子葉が2回羽状までしか分裂せず、また羽片の長さも短いために全体に細長い形を取る[7]。胞子葉の小羽軸が非常に短いため、単羽状の長い穂状に見える[1]。栄養葉にも若干の違いがあり、切れ込みが浅く3回羽状深裂までであることや[1]、小羽片がほぼ無柄といった違いもある[7]。また、担葉体は白緑色である[6]

人間との関係

[編集]

岩槻 (1992) では冒頭にて「美麗な草本」と形容されるように美しく[5]。そのためにアメリカなどでは栽培されていると言い、特に芽立ちの良さが愛でられているという[5]。ただし日本ではそのような利用は稀で、むしろフユノハナワラビの方がより頻繁に山野草として栽培される。

また中国では解毒などの薬用に用いられ、湖北省ではそのために栽培もされる[5]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e 桶川 & 大作 2020, p. 33.
  2. ^ Hassler 2004–2024.
  3. ^ a b c d e f g 海老原 2016, p. 290.
  4. ^ a b 牧野 2017, p. 1261.
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab 岩槻 1992, p. 69.
  6. ^ a b c d e f g h 海老原 2016, p. 296.
  7. ^ a b c d e f g h 田川 1959, p. 29.
  8. ^ 田川 1959, p. 30.
  9. ^ a b 田川 1959, pp. 29–30.
  10. ^ 池畑 2006, p. 30.
  11. ^ PPG I 2016, p. 571.
  12. ^ Shinohara et al. 2013, pp. 564–570.
  13. ^ Zhang et al. 2020, pp. 380–393.

参考文献

[編集]
  • Hassler, Michael (2004 - 2024). “World Ferns. Synonymic Checklist and Distribution of Ferns and Lycophytes of the World. Version 24.7; last update July 18th, 2024.”. Worldplants. 2024年7月26日閲覧。
  • PPG I (The Pteridophyte Phylogeny Group) (2016). “A community-derived classification for extant lycophytes and ferns”. Journal of Systematics and Evolution (Institute of Botany, Chinese Academy of Sciences) 56 (6): 563–603. doi:10.1111/jse.12229. 
  • Shinohara, W.; Nakato, N.; Yatabe-Kakugawa, Y.; Oka, T.; Kim, J.K.; Murakami, N.; Noda, H.; Sahashi, N. (2013). “The use of matK in Ophioglossaceae phylogeny and the determination of Mankyua chromosome number shed light on chromosome number evolution in Ophioglossaceae”. Syst. Bot. 38: 564–570. 
  • Zhang, L.; Fan, X.-P.; Petchsri, S.; Zhou, L.; Pollawatn, R.; Zhang, X.; Zhou, X.-M.; Thi Lu, N. et al. (2020). “Evolutionary relationships of the ancient fern lineage the adder's tongues (Ophioglossaceae) with description of Sahashia gen. nov.”. Cladistics 36: 380–393. doi:10.1111/cla.12408. 
  • 池畑怜伸『写真でわかるシダ図鑑』トンボ出版、2006年8月20日。ISBN 978-4887161542 
  • 岩槻邦男『日本の野生植物 シダ』平凡社、1992年2月4日。ISBN 9784582535068 
  • 海老原淳、日本シダの会 企画・協力『日本産シダ植物標準図鑑1』学研プラス、2016年7月15日。ISBN 978-4-05-405356-4 
  • 桶川修(文)、大作晃一(写真)『くらべてわかるシダ』山と溪谷社、2020年4月20日。ISBN 978-4-635-06354-8 
  • 田川基二『原色日本羊歯植物図鑑』保育社〈保育社の原色図鑑〉、1959年10月1日。ISBN 4586300248 
  • 牧野富太郎(原著)『新分類 牧野日本植物図鑑』北隆館、2017年8月20日。ISBN 978-4-8326-1051-4 

外部リンク

[編集]