チック・ドノバン
チック・ドノバン | |
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プロフィール | |
リングネーム |
"ザ・ゴールデン・ボーイ" チック・ドノバン チャールズ・ドノバン |
本名 | チャールズ・ドノバン・ケリー |
ニックネーム | 黄金銃 |
身長 | 181cm[1] - 183cm[2] |
体重 | 101kg[1] - 111kg[2] |
誕生日 | 1947年3月7日(77歳)[1] |
出身地 |
アメリカ合衆国 ジョージア州 トループ郡ラグレンジ[2] |
スポーツ歴 | アメリカンフットボール[1] |
デビュー | 1977年[1] |
チック・ドノバン(Chick Donovan、本名:Charles Donovan Kelley、1947年3月7日 - )は、アメリカ合衆国のプロレスラー。ジョージア州ラグレンジ出身[2]。
ザ・ゴールデン・ボーイ(The Golden Boy)の異名を持つ金髪ヒールとして、テネシーやアラバマなど南部のローカル・テリトリーを主戦場に活動した[3]。リック・フレアーのスタイルをコピーしていたことから、日本では「小型フレアー」などとも呼ばれた。
来歴
[編集]アメリカンフットボールで活動後、1977年に30歳でデビュー[1]。TVマッチ要員のベビーフェイスとして、地元のNWAジョージア地区(ジム・バーネット主宰のジョージア・チャンピオンシップ・レスリング)において、スタン・ハンセン、マスクド・スーパースター、キングコング・モスカ、オレイ・アンダーソン、ブラックジャック・ランザ、キラー・カール・コックス、アーニー・ラッド、イワン・コロフ、アレックス・スミルノフ、オースチン・アイドル、そしてスターリング・ゴールデンと名乗っていた若手時代のハルク・ホーガンらのジョバーを1980年初頭まで務めた[4][5]。
1980年7月よりロサンゼルスのNWAハリウッド・レスリングにおいて、金髪のロングヘアに金色のコスチュームをまとったヒールに転向、オリンピック・オーディトリアムではジョン・トロスやミル・マスカラスとも対戦した[6]。以降、"ザ・ゴールデン・ボーイ" チック・ドノバンを名乗り、リック・フレアーのギミックをコピーした伊達男系ヒールとなって活動。1981年からはテネシー州メンフィスのCWAを主戦場に、悪党マネージャーのジミー・ハート率いるファースト・ファミリーの一員となり、ジェリー・ローラー、ビル・ダンディー、スティーブ・カーン、ダッチ・マンテル、ロバート・ギブソンらと抗争を展開した[7]。
1983年3月、全日本プロレスに初来日。同月27日に後楽園ホールにて大仁田厚のNWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座に挑戦したほか、ジャンボ鶴田や天龍源一郎ともシングルマッチで対戦した[8][9]。帰国後はアラバマのサウスイースタン・チャンピオンシップ・レスリングに参戦、7月から8月にかけて、トミー・ロジャースやリッキー・ギブソンを破ってNWA USジュニアヘビー級王座を2回獲得している[10]。
1984年はベビーフェイスのポジションでテキサス州ダラスのWCCWに登場し、ミッシング・リンク、スーパー・デストロイヤー2号、バディ・ロバーツ、キラー・カーン、ジノ・ヘルナンデス、ジム・ガービンなどと対戦[11]。その後はヒールに戻り、1985年2月19日にはジム・クロケット・プロモーションズのTVテーピングにおいてフレアーとのシングルマッチが行われ[12]、3月24日には古巣のジョージアにてマグナムTAのNWA USヘビー級王座に挑戦した[13]。
1987年はメンフィスのCWAに再登場し、4月20日にソウル・トレイン・ジョーンズを破ってCWAインターナショナル・ヘビー級王座を獲得[14]。5月4日にはジャック・ハート(バリー・ホロウィッツ)と組んでジョーンズ&ロッキー・ジョンソンからAWA南部タッグ王座も奪取している[15]。
以降、1980年代後半はリップ・タイラーがメキシコ湾岸のガルフ・コースト地区で旗揚げしたWOW(ワールド・オーガニゼーション・レスリング)などに出場していた。セミリタイア後の1990年代前半はWCWのTVテーピングにジョバーとして時折出場、1992年11月2日にはアメリカ遠征中だった佐々木健介とも対戦した[16]。
2000年代後半に入り、地元のジョージアやアラバマなどサウスイースト地区のインディー団体へのスポット参戦を開始、2006年2月3日にはNWAレッスル・バーミングハムのイベントにおいて、エイドリアン・ストリートとのレジェンド対決が行われた[17]。2010年代も、ジョージア州キャロルトンに本拠を置くPWA(ピーチステート・レスリング・アライアンス)などに出場している[18]。
得意技
[編集]獲得タイトル
[編集]- NWA USジュニアヘビー級王座:2回[10]
脚注
[編集]- ^ a b c d e f 『全日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P79(2002年、日本スポーツ出版社)
- ^ a b c d “Chic Donovan”. Cagematch.net. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “Chick Donovan”. Online World of Wrestling. 2020年7月4日閲覧。
- ^ “The GCW matches fought by Chick Donovan in 1978”. Wrestlingdata.com. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “The GCW matches fought by Chick Donovan in 1979”. Wrestlingdata.com. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “The NWAHW matches fought by Chick Donovan in 1980”. Wrestlingdata.com. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “The USWA matches fought by Chick Donovan in 1981”. Wrestlingdata.com. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “The AJPW matches fought by Chick Donovan in 1983”. Wrestlingdata.com. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “AJPW 1983 Grand Champion Carnival I”. Puroresu.com. 2016年3月27日閲覧。
- ^ a b “NWA United States Junior Heavyweight Title [Southeast/Continental]”. Wrestling-Titles.com. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “The WCCW matches fought by Chick Donovan in 1984”. Wrestlingdata.com. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “The WCW matches fought by Chick Donovan in 1985”. Wrestlingdata.com. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “CWG 1985/03/24”. Cagematch.net. 2016年3月27日閲覧。
- ^ a b “CWA International Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2016年3月27日閲覧。
- ^ a b “AWA Southern Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “The WCW matches fought by Chick Donovan in 1992”. Wrestlingdata.com. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “NWA Wrestle Birmingham 2006/02/03”. Cagematch.net. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “Chic Donovan: Matches”. Cagematch.net. 2016年3月27日閲覧。
- ^ “AWA Southern Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2016年3月27日閲覧。
外部リンク
[編集]- Online World of Wrestling
- チック・ドノバンのプロフィール - Cagematch.net, Wrestlingdata.com, Internet Wrestling Database