サンアイ (長崎県)
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種類 | 株式会社 |
---|---|
本社所在地 |
日本 〒854-0055 長崎県諌早市栗面町94[1] |
設立 |
1945年 (吉原商会として創業)[1] |
業種 | 小売業 |
事業内容 | 自動車用品の販売、ホームセンターの運営 |
代表者 | 代表取締役社長 吉原哲郎(破産時)[1] |
資本金 | 9,900万円(2008年1月現在)[1] |
売上高 | 54億4,000万円(2007年2月期)[1] |
従業員数 | 85名(破産時) |
特記事項:2008年1月27日、破産[1] |
サンアイ株式会社(SAN-AI)は、長崎県諫早市に本社を置く、かつて存在した自動車用品の販売、ホームセンターであった。
概要
[編集]1945年(昭和20年)、吉原商会の屋号で自動車用品の販売を目的に創業。1983年(昭和58年)8月頃より本格的にホームセンター事業を開始[1]。
本店以外にも県内では島原店、長崎店(西彼杵郡時津町)、大村店、佐世保店、県外では北九州折尾店、佐賀店、久留米店の合計7店舗で営業し、ピーク時の1996年2月期には年商約210億円をあげていた[1]。
しかし、その後の消費低迷と同業者との競合などで減収に転じ、2000年(平成12年)には北九州折尾店、久留米店、2004年(平成16年)には佐賀店、2005年(平成17年)には長崎店を相次いで閉鎖、3店舗で営業していた[1]。
この間、店舗不動産を売却するなど財務内容の改善や採算回復に努めたが、2007年2月期の年商は約54億4000万円にまで落ち込み、不動産の売却損なども重なり約4億9,500万円の赤字を計上。先行き業績好転の見込みが立たず、金融機関の支援も取り付けられなかったことから、事業継続が困難となっていた[1]。
負債は債権者約530名に対し約62億4,500万円。
なお、鳥取県米子市に本社を置く同名のホームセンターとは関係がない(こちらのサンアイは株式会社が先に来る)。
歴史
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
- 1945年(昭和20年) - 吉原商会の屋号で自動車用品の販売を目的に創業[1]。
- 1970年(昭和45年)6月 - 有限会社吉原商会を設立し、法人改組化。
- 1978年(昭和53年) - ホームセンター「ハッピーライフサンアイ」を開設し、以降はホームセンター運営に業態を変更[2]。
- 1983年(昭和58年)8月頃 - サンアイ株式会社設立し、本格的にホームセンター事業を開始[1]。
- 2000年(平成12年)
- 2004年(平成16年)7月18日 - 佐賀店閉店[1]
- 2005年(平成17年) - 長崎店閉店[1]
- 2008年(平成20年)1月27日 - 破産申立の準備に入り、同日、本店と長崎県内の3店舗をすべて閉鎖した[1]。
店舗
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- 特記ない限り閉店日は破産日以前のもの。
福岡県
[編集]店名 | 所在地 | 閉店日 | 備考 |
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北九州折尾店 | 北九州市八幡西区 | 2000年1月 | ヤマダデンキが居抜き出店し、現在は「家電住まいる館YAMADA北九州八幡店」として営業 |
久留米店 | 久留米市 | 2000年5月 |
佐賀県
[編集]店名 | 所在地 | 閉店日 | 備考 |
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佐賀店 | 佐賀市本庄町本庄1184-5 | 2004年7月18日 |
長崎県
[編集]店名 | 所在地 | 閉店日 | 備考 |
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本店 | 諫早市栗面町94 | 2009年12月にホームインプルーブメントひろせが居抜き出店し、現在は「HIヒロセ 諫早バイパス店」として営業 | |
大村店 | 大村市 | ||
佐世保店 | 佐世保市干尽町4-5 | ナフコが居抜き出店し、現在は「ホームセンターナフコ 佐世保みなとインター店」として営業 | |
島原店 | 島原市 | ||
長崎店 | 西彼杵郡時津町 | 2005年 |