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コップ座ベータ星

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
コップ座β星 A / B
β Crateris A / B
星座 コップ座
見かけの等級 (mv) 4.46[1] / 13.4[2]
位置
元期:J2000.0
赤経 (RA, α)  11h 11m 39.4817199946s[3]
赤緯 (Dec, δ) −22° 49′ 33.045519470″[3]
固有運動 (μ) 赤経: 5.220 ± 0.546 ミリ秒/[3]
赤緯: -103.457 ± 0.483 ミリ秒/年[3]
年周視差 (π) 11.0358 ± 0.2918ミリ秒[3]
(誤差2.6%)
距離 296 ± 8 光年[注 1]
(91 ± 2 パーセク[注 1]
絶対等級 (MV) -0.3[注 2]
コップ座β星の位置(丸印)
物理的性質
半径 B: 0.02058 R[4]
質量 A: 3.00 M[5]
B: 0.43 M[6]
表面重力 A: 3 G[7][注 3]
B: 1.6 ×104 G[6][注 3]
自転速度 A: 47 km/s[7]
スペクトル分類 A1 III + DA1.4[2]
光度 A: 180 L[5]
表面温度 A: 8,950 K[5]
B: 36,885 K[6]
色指数 (B-V) 0.025[1]
色指数 (V-I) 0.04[1]
金属量[Fe/H] A: 0.07 ± 0.17[7]
軌道要素と性質
軌道長半径 (a) < 9.3 au[2]
公転周期 (P) ∼ 6 年[2]
他のカタログでの名称
コップ座11番星, BD-22 3095, EUVE J1111-228, FK5 421, GJ 9352, HD 97277, HIP 54682, HR 4343, SAO 179624, WD 1109-225[3]
Template (ノート 解説) ■Project

コップ座β星(コップざベータせい、β Crateris、β Crt)は、コップ座にある連星である[8]見かけの等級は4.46と、肉眼でみることができる明るさである[1]年周視差に基づいて計算した太陽からの距離は、約296光年である[3]

経緯

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コップ座β星は、20世紀の初めには散発的に分光観測が行われ、1928年にはリック天文台キャンベルムーア英語版によって、視線速度が変化しているとまとめられた[9][10]

その後はあまり観測されることがなかったが、1991年ROSATの全天掃天観測から、コップ座β星の位置にX線と極端紫外線が検出され、他の波長域でのコップ座β星の観測結果との照合から、そこに白色矮星があると結論付けられ、コップ座β星が連星であるとの認識が強くなった。同時に、測定された視線速度の最大値と最小値から、公転周期の上限は20.1と計算された[11]

ところが、後の観測ではこの公転周期に見合う期間に視線速度が変化していないことが示され、連星であることに疑問が持たれた[7]。その後、時間を置いた観測によって異なる視線速度が測定されたことで、視線速度が変化していることは間違いないとされ、更にはヒッパルコス衛星による観測で、小さいながら単独星とは考えられない固有運動の変動が検出されたため、やはり連星であると考えられるようになっている[10][8]

星系

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可視光で観測できる4.5等級の恒星(コップ座β星A)は、スペクトル型がA1 IIIに分類されるA型巨星である[12]。かつては、コップ座β星Aは分光標準星としても利用されており、その際にはA2 IV型の準巨星とされていた[13]。コップ座β星Aの化学組成は、概ね太陽と似ているが、いくつかの元素では欠乏/過剰がみられ、特にバリウムが多いことが目立っている。この特性は、かつて連星の対となる天体からこの恒星質量移動が起こった結果ではないかと考えられている[7]

白色矮星(コップ座β星B)は、DA型に分類され、表面温度は約36,900K質量太陽の43%程度、白色矮星となってから400万年程度経過したとみられる[6][14]。この質量は、コップ座β星Bがコップ座β星Aと連星であるとすれば、一般的な進化理論では説明できないほど低い。ここまで低質量だと、通常は太陽の3倍程の質量を持つA型星よりも先に進化するとは考えられない。そのためどこかの段階で、コップ座β星Bの前駆天体の外層がはぎとられてコップ座β星Aへと移動するなどして、コップ座β星Bは大幅に質量を減らすと共に進化を加速させた、と考えられている[6]

コップ座β星の公転周期は、ヒッパルコスによる固有運動の変動を元に、およそ10以内と見積もられた[8]。また、ハッブル宇宙望遠鏡広視野惑星カメラ2による観測で、コップ座β星Bが分解できなかったことから、軌道長半径は9.3au以下であると推定される。その後、新たな視線速度分析から、公転周期はおよそ6年と考えられるようになった[2]。公転周期が3年を超えるような、低質量白色矮星を含む連星というのも、従来の進化理論ではうまく説明できず、コップ座β星系は元々、極端な楕円軌道をとっていたか、多重連星系であった可能性も指摘されている[6]

名称

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ベドウィンの伝統では、アルファルド(うみへび座α星)とからす座の間にある星々はal-sharāsīf (ألشراسيف) 、つまり「肋軟骨」或いは「鎖につながれたラクダ」を意味する名前で認識されていた。この言い伝えを採録したアッ・スーフィーは、うみへび座の10星(κ星英語版υ1υ2英語版μ星英語版φ星英語版ν星χ1英語版ξ星英語版ο星英語版β星)とコップ座β星が、al-sharāsīfであると同定している[15]ジェット推進研究所の技術報告に掲載された“A Reduced Catalog Containing 537 Named Stars”では、Al Sharasifという名称が2つの恒星に付与され、コップ座β星はAl Sharasif II、うみへび座κ星がAl Sharasif Iとなっている[16]

中国では、コップ座β星は翼宿拼音: Yì Sù)という星官を、コップ座α星γ星英語版ζ星英語版λ星英語版、うみへび座ν星、コップ座η星英語版δ星ι星英語版κ星英語版ε星英語版HD 95808英語版HD 93833英語版コップ座θ星英語版HD 102574中国語版HD 100219中国語版HD 99922英語版HD 100307英語版HD 96819英語版、うみへび座χ1星、HD 102620中国語版HD 103462中国語版と共に形成する[17]。コップ座β星自身は、翼宿十六拼音: Yì Sù shíliù)つまり翼宿の16番星と呼ばれる[18]

脚注

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注釈

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  1. ^ a b パーセクは1 ÷ 年周視差(秒)より計算、光年は1÷年周視差(秒)×3.2615638より計算
  2. ^ 視等級 + 5 + 5×log(年周視差(秒))より計算。小数第1位まで表記
  3. ^ a b 出典での表記は、Aが、Aが

出典

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  1. ^ a b c d ESA (1997), The HIPPARCOS and TYCHO catalogues. Astrometric and photometric star catalogues derived from the ESA HIPPARCOS Space Astrometry Mission, ESA SP Series, 1200, Noordwijk, Netherlands: ESA Publications Division, Bibcode1997ESASP1200.....E, ISBN 9290923997 
  2. ^ a b c d e Holberg, J. B.; et al. (2013-11), “Where are all the Sirius-like binary systems?”, Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 435 (3): 2077-2091, Bibcode2013MNRAS.435.2077H, doi:10.1093/mnras/stt1433 
  3. ^ a b c d e f g bet Crt -- Spectroscopic binary”. SIMBAD. CDS. 2020年4月1日閲覧。
  4. ^ Welsh, Barry Y.; et al. (2013-06), “Ionization within the Local Cavity by Hot White Dwarfs”, Publications of the Astronomical Society of the Pacific 125 (928): 644-653, Bibcode2013PASP..125..644W, doi:10.1086/671190 
  5. ^ a b c Zorec, J.; Royer, F. (2012-01), “Rotational velocities of A-type stars. IV. Evolution of rotational velocities”, Astronomy & Astrophysics 537: A120, Bibcode2012A&A...537A.120Z, doi:10.1051/0004-6361/201117691 
  6. ^ a b c d e f Burleigh, M. R.; et al. (2001-11), “The low-mass white dwarf companion to β Crateris”, Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 327 (4): 1158-1164, Bibcode2001MNRAS.327.1158B, doi:10.1046/j.1365-8711.2001.04818.x 
  7. ^ a b c d e Smalley, B.; et al. (1997-01), “The chemical composition and binarity of β Crateris”, Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 284 (2): 457-464, Bibcode1997MNRAS.284..457S, doi:10.1093/mnras/284.2.457 
  8. ^ a b c Barstow, M. A.; et al. (2001-04), “Resolving Sirius-like binaries with the Hubble Space Telescope”, Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 322 (4): 891-900, Bibcode2001MNRAS.322..891B, doi:10.1046/j.1365-8711.2001.04203.x 
  9. ^ Campbell, W. W.; Moore, J. H. (1928), “Catalogue of observed velocities”, Publications of the Lick Observatory 16: 167, Bibcode1928PLicO..16....1C 
  10. ^ a b Duemmler, R.; et al. (1997-12), “Is β Crateris a Sirius-like system?”, Astronomy & Astrophysics 328: L37-L39, Bibcode1997A&A...328L..37D 
  11. ^ Fleming, T. A.; et al. (1991-06), “β Crateris : another Sirius system in the solar neighborhood”, Astronomy & Astrophysics 246: L47-L50, Bibcode1991A&A...246L..47F 
  12. ^ Vennes, Stéphane; Christian, Damian J.; Thorstensen, John R. (1998-08), “Hot White Dwarfs in the Extreme-Ultraviolet Explorer Survey. IV. DA White Dwarfs with Bright Companions”, Astrophysical Journal 502 (2): 763-787, Bibcode1998ApJ...502..763V, doi:10.1086/305926 
  13. ^ Gray, R. O.; Garrison, R. F. (1987), “The Early A-Type Stars: Refined MK Classification, Confrontation with Strömgren Photometry, and the Effects of Rotation”, Astrophysical Journal Supplement Series 65: 581-602, Bibcode1987ApJS...65..581G, doi:10.1086/191237 
  14. ^ Barstow, M. A.; et al. (2014-05), “Evidence for an external origin of heavy elements in hot DA white dwarfs”, Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 440 (2): 1607-1625, Bibcode2014MNRAS.440.1607B, doi:10.1093/mnras/stu216 
  15. ^ An Eleventh-Century Egyptian Guide to the Universe: The Book of Curiosities, Edited with an Annotated Translation. Islamic Philosophy, Theology and Science. Texts and Studies. BRILL. (2013). p. 400. ISBN 9789004256996. https://books.google.co.jp/books?id=ERJMAgAAQBAJ 
  16. ^ Rhoads, Jack W. (1971-11-15), “A Reduced Star Catalog Containing 537 Named Stars”, NASA Technical Memorandum (Jet Propulsion Laboratory, California Institute of Technology), 33-507, https://ntrs.nasa.gov/citations/19720005197 
  17. ^ 陳, 久金 (2005) (中国語). 中國星座神話. 台灣書房出版有限公司. ISBN 978-986-7332-25-7 
  18. ^ 中國古代的星象系統 (82): 翼宿天區” (中国語). AEEA 天文教育資訊網. 國立自然科學博物館 (2006年7月21日). 2020年4月3日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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座標: 星図 11h 11m 39.4817199946s, −22° 49′ 33.045519470″