キユーピツト
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キューピット | |
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品種 | サラブレッド |
性別 | 牝 |
毛色 | 鹿毛 |
生誕 | 1957年2月28日 |
死没 | 1972年6月 |
父 | ニアルーラ |
母 | マイリー |
生国 | 日本(北海道浦河町) |
生産者 | 斉藤卯助 |
馬主 | 永田玉枝 |
調教師 | 武田文吾(京都) |
競走成績 | |
生涯成績 | 35戦9勝 |
獲得賞金 | 7,584,850円 |
キユーピツトは1957年(昭和32年)生まれの日本のサラブレッドである。阪神牝馬特別など9勝をあげた。生まれたのは横浜市だが、登録上は所有者の所在地である北海道浦河となっている。父はニアルーラ、母はマイリー。
経歴
[編集]1957年2月28日に横浜港の検疫所で生まれたキューピットは、気性の荒いスピード馬で、1960年(昭和35年)の桜花賞では果敢に先頭を切ったがトキノキロクやスターロツチには歯が立たなかった。4歳時は12月に阪神牝馬特別2着、朝日チャレンジカップも2着。古馬になっても京阪杯や阪急杯で3着になり、重賞には一歩手が届かなかったが、1961年(昭和36年)の暮れに阪神牝馬特別を勝った。後にシンザンの主戦騎手となる栗田勝が騎乗していた。
当時は牝馬限定の重賞は桜花賞、優駿牝馬、クイーンステークス、阪神牝馬特別、東京牝馬特別の5つだけで、このうち古馬が出られるのは阪神牝馬特別と東京牝馬特別だけであったから、この時代には重賞を勝った牝馬というとそれだけで一流の牝馬だった。
競走成績は35戦9勝、2着10回。1960年の阪神牝馬特別に勝った。そのほか朝日チャレンジカップ、阪神牝馬特別に2着、阪急杯と京阪杯で3着。引退して繁殖牝馬となって荻伏牧場に戻り、ヤマピットとミスマルミチを産んだ。ほかには子供ができなかった。
そして、後年、ミスマルミチの子孫から活躍馬が続出する。そして、この牝系は競馬版『華麗なる一族』と呼ばれる樣になった。
血統表
[編集]キユーピツトの血統 | (血統表の出典)[§ 1] | |||
父系 | ナスルーラ系 |
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父 Nearula 1950 鹿毛 |
父の父 Nasrullah1940 鹿毛 |
Nearco | Pharos | |
Nogara | ||||
Mumtaz Begum | Blenheim | |||
Mumtaz Mahal | ||||
父の母 Respite1941 鹿毛 |
Flag of Truce | Truculent | ||
Concordia | ||||
Orama | Diophon | |||
Cantelupe | ||||
母 * マイリー Mairie 1953 鹿毛 |
Supreme Court 1948 黒鹿毛 |
Precipitation | Hurry On | |
Double Life | ||||
Forecourt | Fair Trial | |||
Overture | ||||
母の母 Lusignan1944 鹿毛 |
William of Valence | Vatout | ||
Queen Iseult | ||||
Blue Star | Blue Skies | |||
Heure H. F-No.7-e | ||||
母系(F-No.) | 7号族(FN:7-e) | [§ 2] | ||
5代内の近親交配 | Pharos 4×5=9.38%、Teddy 5×5=6.25%、Blandford 5×5=6.25% | [§ 3] | ||
出典 |
脚注
[編集]- ^ a b c “キユーピツト 血統情報:5代血統表”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年9月12日閲覧。