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キユーピツト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
キューピット
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1957年2月28日
死没 1972年6月
ニアルーラ
マイリー
生国 日本北海道浦河町
生産者 斉藤卯助
馬主 永田玉枝
調教師 武田文吾京都
競走成績
生涯成績 35戦9勝
獲得賞金 7,584,850円
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キユーピツト1957年(昭和32年)生まれの日本サラブレッドである。阪神牝馬特別など9勝をあげた。生まれたのは横浜市だが、登録上は所有者の所在地である北海道浦河となっている。父はニアルーラ、母はマイリー

経歴

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1957年2月28日横浜港の検疫所で生まれたキューピットは、気性の荒いスピード馬で、1960年(昭和35年)の桜花賞では果敢に先頭を切ったがトキノキロクスターロツチには歯が立たなかった。4歳時は12月に阪神牝馬特別2着、朝日チャレンジカップも2着。古馬になっても京阪杯阪急杯で3着になり、重賞には一歩手が届かなかったが、1961年(昭和36年)の暮れに阪神牝馬特別を勝った。後にシンザン主戦騎手となる栗田勝が騎乗していた。

当時は牝馬限定の重賞は桜花賞優駿牝馬クイーンステークス、阪神牝馬特別、東京牝馬特別の5つだけで、このうち古馬が出られるのは阪神牝馬特別と東京牝馬特別だけであったから、この時代には重賞を勝った牝馬というとそれだけで一流の牝馬だった。

競走成績は35戦9勝、2着10回。1960年の阪神牝馬特別に勝った。そのほか朝日チャレンジカップ、阪神牝馬特別に2着、阪急杯と京阪杯で3着。引退して繁殖牝馬となって荻伏牧場に戻り、ヤマピットミスマルミチを産んだ。ほかには子供ができなかった。

そして、後年、ミスマルミチの子孫から活躍馬が続出する。そして、この牝系は競馬版『華麗なる一族』と呼ばれる樣になった。

血統表

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キユーピツト血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 ナスルーラ系

Nearula
1950 鹿毛
父の父
Nasrullah
1940 鹿毛
Nearco Pharos
Nogara
Mumtaz Begum Blenheim
Mumtaz Mahal
父の母
Respite
1941 鹿毛
Flag of Truce Truculent
Concordia
Orama Diophon
Cantelupe

* マイリー
Mairie
1953 鹿毛
Supreme Court
1948 黒鹿毛
Precipitation Hurry On
Double Life
Forecourt Fair Trial
Overture
母の母
Lusignan
1944 鹿毛
William of Valence Vatout
Queen Iseult
Blue Star Blue Skies
Heure H. F-No.7-e
母系(F-No.) 7号族(FN:7-e) [§ 2]
5代内の近親交配 Pharos 4×5=9.38%、Teddy 5×5=6.25%、Blandford 5×5=6.25% [§ 3]
出典
  1. ^ [1]
  2. ^ [1]
  3. ^ [1]


脚注

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  1. ^ a b c キユーピツト 血統情報:5代血統表”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年9月12日閲覧。

外部リンク

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