カレル・スヴォボダ (画家)
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カレル・スヴォボダ Karel Svoboda | |
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ヨーゼフ・クリーフーバーによる肖像画 | |
生誕 |
1824年6月14日 チェコ,プラーニツェ(Plánice) |
死没 |
1870年9月13日 オーストリア,ウィーン |
カレル・スヴォボダ(Karel Svoboda、1824年6月14日 - 1870年9月13日)はチェコの画家である。歴史画を描いた。
略歴
[編集]プルゼニ州のプラーニツェ(Plánice)で生まれた。両親を早く亡くし、プラハで高校の教師をしていた叔父の家に住み、叔父から哲学や美術を学んだ。1842年にプラハの美術アカデミーでに入学し、1852年までクリスティアン・ルーベンの教室で歴史画を学んだ[1]。
1848年に17世紀のチェコにおける民族運動、「プラハ窓外放出事件」を描いた作品で注目され、イリュリア主義のクロアチアの文学者、リュデヴィット・ガイ(Ljudevit Gaj)に招かれ、ザグレブで数か月過ごし、スラブの人々を描いた。
作曲家、アロイス・イェレン(Alois Jelen)の娘と結婚し1851年にウィーンに移った。ウィーンに移った後もプラハに戻り、Letohrádek královny Anny(アン女王の夏の離宮)に装飾画を描く仕事もした。1863年から1868年はイタリアに滞在した。ボヘミアの歴史や中世の出来事を題材に歴史画を描いた。チェルニウツィーの司教館やウィーン国立歌劇場などの装飾画も描いた[1] 。
ウィーンで没した。
作品
[編集]参考文献
[編集]関連図書
[編集]- František Xaver Harlas, et al., Otto's Encyclopaedia, Jan Otto, Prague (1906)
- Ladislav Quis: Karel Svoboda – životopisná vzpomínka ze sborníku Vzpomínky na paměť třicetileté činnosti Umělecké besedy 1863—1893 (memoirs of meetings with artists)