オーリーオーン
オーリーオーン(古代ギリシャ語: Ὠρίων, Óríōn、ラテン語: Orion)は、ギリシア神話に登場する巨人の狩人。海神ポセイドーンの子とされているが、諸説ある。神話では死後天に昇ってオリオン座となり、宿敵のさそり座と共に夜空を永遠に廻っているといわれる。
日本語では長母音を省略してオリオン、又は英語読みに近いオライオンと表記することが多い。
概説
[編集]オーリーオーンは、海の神ポセイドーンとミーノース王の娘エウリュアレーとのあいだに生まれた。また、出自についてはアマゾーンの女王の子であるとする説、大地母神ガイアを母とするティーターンであったとする説、ボイオーティア王ヒュリエウスの子であるとする説もある。背の高い偉丈夫で、稀に見る美貌の持ち主であった。父親であるポセイドーンから海を歩く力を与えられ、海でも川でも陸と同じように歩く事ができた。
オーリーオーンの逸話
[編集]逞しく凛々しい美青年であったオーリーオーンであるが、早熟で好色でもあった。
最初の結婚
[編集]ボイオーティアで暮らしていた[1]オーリーオーンは成人し、やがてシーデー(柘榴の意)という大変美しい娘を妻に迎える。ところがシーデーは、非常に高慢で、「私の美しさは、全知全能の神ゼウス様の妻ヘーラーよりも美しい」と述べ、女神とその容色を競った。このためヘーラーは怒り、シーデーを冥府(タルタロス)へと落とした[2]。
キオス島の獅子退治
[編集]妻を失ったオーリーオーンは旅人となり一人で諸国を放浪していた。キオス島に立ち寄ったオーリーオーンは、その島の王オイノピオーンの娘メロペーに一目惚れする。そして何とかメロペーの愛を得ようとしたオーリーオーンは、得意の狩りに出掛けては獲物を彼女に献上し、やがて結婚を申し入れた。
しかし、メロペーもオイノピオーンもオーリーオーンを好ましく思わず、困った王はオーリーオーンの死を望み、島を荒し廻っているライオンを退治することを条件に、娘との結婚を承諾すると述べた[1]。王は当然不可能な条件と考えたが、オーリーオーンは難なくライオンを殴り殺し、その皮を王への贈り物にした[1]。
オイノピオーンの裏切り
[編集]思惑のはずれたオイノピオーン王は、結婚の約束を履行せず、オーリーオーンをこの件ではぐらかし続けた。オーリーオーンは王が約束に応えないことを怒り、酒に酔った勢いでメロペーに力ずくで迫りこれを犯した。オイノピオーンは怒り、父である酒の神ディオニューソスに頼んでオーリーオーンを泥酔させ、彼の両眼を抉り取って盲目にし海岸に捨てた。
目の治療
[編集]盲目になったオーリーオーンは、身動き出来ずにうずくまっていた。彼に対し神託は、東の国に行き、ヘーリオスが最初にオーケアノスから昇るとき、その光を目に受ければ、再び目が見えるようになるであろうと告げた。オーリーオーンは、遥か東のレームノス島へと向かう。盲目の彼は、キュクロープスの槌を打つ音を頼りにレームノス島に辿り着いた。こうしてヘーパイストスの鍛冶場に入り、ケーダリオーンという見習い弟子をさらって、彼を肩に乗せ案内させてオーケアノスの果てまで辿り着いた。彼を見たエーオース(暁)がオーリーオーンに恋をし、兄ヘーリオス(太陽神)がオーリーオーンの目を治した。
オーリーオーンは、オイノピオーンに復讐しようと再びキオス島に戻る。しかし目指す相手が見つからなかった。ヘーパイストスがオイノピオーンのために造った地下室に隠れていたためである。オーリーオーンは、オイノピオーンが祖父ミーノースの元に逃げていると考え、海を渡ってクレーテー島へと行った。クレーテーでは、アルテミス女神がいて、共に狩りをしようとオーリーオーンを誘った[3]。
エーオースとの交際
[編集]すぐに気を取り直したオーリーオーンは今度は曙の女神エーオースとの恋に夢中になった。更にオーリーオーンはエーオースとの交際中にもかかわらず、アトラースの娘プレイアデス七姉妹に恋し彼女等を追い掛け回した。エーオースの仕事は夜明けを告げることだが、オーリーオーンと付き合っている間の彼女は彼に会いたいがために仕事を早々に引き上げてしまう。ところが夜明けの時間が短くなったのを狩りの女神アルテミスは不審に思い、エーオースの宮殿がある世界の東の果てまで様子を見にやってきた。そして、オーリーオーンはアルテミスと運命的な出会いをするのである。
アルテミスとの交際
[編集]ギリシア一の狩人と狩猟の女神が恋に落ちるのには時間は掛からなかった。オーリーオーンはアルテミスと共にクレーテー島に渡り、穏やかに暮らしていた。神々の間でも二人の仲は評判になり、互いに結婚も考えていた。ところがアルテミスの兄アポローンはオーリーオーンの乱暴な性格を嫌い、また純潔を司る処女神・アルテミスに恋は許されないとして二人の仲を認めず、ことあるごとにアルテミスを罵ったが、彼女は聞き入れなかった。
そこで、アポローンはオーリーオーンの元に毒サソリを放つ(このサソリは、オーリーオーンが動物たちを狩り尽くす事を懸念したガイアの放った刺客との説もある)。驚いたオーリーオーンは海へと逃げた。丁度その頃、アポローンは海の中を頭だけ出して歩くオーリーオーンを示し、「アルテミスよ、弓の達人である君でも、遠くに光るあれを射ち当てることは出来まい」と逃げるオーリーオーンを指差したのである。あまりにも遠く、それがオーリーオーンと認識できなかったアルテミスは「私は確実に狙いを定める弓矢の名人。容易い事です」とアポローンの挑発に乗って、弓を引いた。矢はオーリーオーンに命中し、彼は恋人の手にかかって死んだ。
オリオン座の伝説
[編集]射たものが浜に打ち上げられて、初めてそれがオーリーオーンだったことに気がついたアルテミスは神としての仕事を忘れるほど悲しんだ。アルテミスは、死者も蘇らせるという名医アスクレーピオスのもとを訪ね、オーリーオーンを生き返らせてくれるよう頼む。しかし、冥府の王ハーデースが反対した。アルテミスはせめて最後にと、大神ゼウスに「オーリーオーンを空に上げてください。さすれば私が銀の車で夜空を走って行く時、いつもオーリーオーンに会えるから」と頼み込んだ。ゼウスもこれを聞き入れ、オーリーオーンは星座として空に上がった。彼は月に一度会いに来るアルテミス(月神)を楽しみに待っているとされる。
オリオン座の神話、アルテミスの「オーリーオーンの悲劇」の項も参照のこと。
オーリーオーンの死因
[編集]オーリーオーンの死因には諸説ある。以下に有名なものを挙げる。
- 「私にかなう動物など、この世にあるものか!」とオーリーオーンが高言。怒ったガイア(またはヘーラー)が、大サソリを放って彼を刺し殺させた。そのためオーリーオーンは星座になった後もサソリを恐れて、さそり座が西へ沈んでしまうまでは決して東から顔を出さず、サソリが東の空へ現われると、西へ沈んでしまうと云われている。もっともこれは、星座ができた後に作られた神話とも言われている。
- 曙の女神アウローラ(ローマ神話の女神。エーオースである)がオーリーオーンに恋をしたため、怒ったアルテミスがオーリーオーンを射殺してしまった。夏の明け方、東の空に姿をみせたオーリーオーンが、曙の女神アウローラに愛されて、その幸せそうな様子に嫉妬したアルテミスによって射殺された。朝陽が出る頃には次第に光を失って消えてしまうところから云われている。
- アルテミスに円盤投げをいどんだため、身のほど知らずとして射ち殺された。
- アルテミスの兄アポローンを崇拝していた乙女オーピスに暴行したため、アルテミスに射ち殺されてしまった[4]。
系図
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫(1953年)
- 呉茂一『ギリシア神話 上巻』新潮社(1956年)
- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店(1960年)
- ロバート・グレイヴズ『ギリシア神話 新版』高杉一郎訳、紀伊國屋書店(1998年)
外部リンク
[編集]- エラトステネスの星座物語 32. オリオン座