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オルクリスト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

オルクリストOrcrist)は架空世界中つ国を舞台とする、J・R・R・トールキンの『ホビットの冒険』に登場する、ドワーフ族の王トーリン・オーケンシールドの名剣。

『ホビットの冒険』において、オルクリストはグラムドリングつらぬき丸ともに、トロルの洞穴で発見された。いずれもエルフの王国都市ゴンドリン英語版鍛えられた、発光する剣である。

そのルーン文字銘「オルクリスト」は、エルフ語(シンダール語)で「ゴブリン裂き」[注 1]を意味する。しかしゴブリン(オーク)たちは、バイター「嚙むもの」[注 2]と呼んでこの剣を恐れた。

語源

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作中、エルフ族のエルロンドがルーン文字で書かれた剣名を解読して見せ、(製作地)都市ゴンドリンの古語(エルフ語[1])で"ゴブリンを裂くもの Goblin-cleaver"の意味だとしている[5]。のちのくだりでは、オークのあいだでは「かみつき丸」(「バイター(噛みつき魔)[2])と称されると明かされる[6][7]

エルフ語源をより詳しく解説すると、シンダール語古形 orc は、第3紀[注 3]シンダール語の orch である[8]。また -rist "裂く"は、イムラドリス(Imladris、裂け谷)の地名の部分にも(やや崩れた形で)みられる[8]

ノーム語による語源試論

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『ホビットの冒険』の初期の手稿では[注 4]、オルクリストの初出は大オークが目撃する場面であり[注 5]、その前のエルロンドが説明するくだり(第3章)は、タイプライター打ち初稿ではじめて加筆された[9]。この手稿ではオルクリストは"goblin-slasher"と語釈されていて版本の"Goblin-cleaver"と微妙に違う[9]

『ホビットの冒険』執筆の時点では、トールキンが創作したエルフ言語構築にシンダール語はまだなかった。あったのはその土台となったノーム語/ノルドール語(Gnomish/Noldorin)[注 6]、すなわち「深慮なるエルフ族」の言語だが、『指輪物語』創作のあたりから、トールキンはこれをノルドールの言語から、シンダール「灰色エルフ族」の言葉として設定をすげかえ、シンダール語として言語の改良をしつづけた[10]

そこで『ホビットの冒険』草稿の編者ジョン・D. レイトリフ英語版は注釈で、オルクリストの剣名の、ノーム語あるいはノルドール語による説明を試みている[注 7]

トールキンの初期のエルフ語創作の成果である『ノーム語語彙目録』(1917年成立、1995年刊)によれば "orc" は「ゴブリン」の意味であり[12]、 "crist" は「ナイフ、切り裂く(スラッシュ)、切り込む・切り落とす(スライス)」等の意味である[13]ので、手稿文中の"goblin-slasher"ときっちり合致するとしている[9]。トールキンの『語源 Etymologies』(1930年代後半以降)では"crist" は "大包丁(クリーヴァ―)、剣"と定義し直されているのも注視に値する[14][注 8]

経緯

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ビルボとドワーフら一行が、トロルの岩屋の貯蔵品のなかから略奪した三振りの名剣のひとつ。グラムドリングおよびスティング(つらぬき丸)と一緒にみつかった宝剣である[17][18]

エルロンドは、ゴブリン戦争で都市ゴンドリンが竜やゴブリンに陥落された際[注 9]、竜かゴブリンが集めた略奪品に収まり、めぐりめぐってトロルの贓物となったのだろうと推察した[3][4]

エルロンドが居を構える裂け谷から出発したガンダルフ、ビルボ、ドワーフら一行は霧ふり山脈英語版の峠道をつたって旅するとちゅう、浅い穴と思われた洞窟にはいるが、奥が開いて大オークをまじえた一団が現れ、鎖につながれてしまう。質問責めにあうが、部下のオークがトーリンの佩いていた剣を見せると、それがかつてエルフが何百となくオーク殺しをおこなったオルクリスト、オークが「かみつき丸」と呼ぶ剣だとボスの大オークには一目でわかり[17]、問答無用でその持ち主トーリンに襲い掛かる[6][7]

トーリンは、竜スマウグから奪回した先祖の財宝をめぐって、湖の町エスガロス英語版の人間や闇の森森のエルフと対立する。戦いの火蓋が切られた直後、ゴブリン軍とワーグの急襲を受けて、一転、ドワーフたちは人間やエルフと共に、戦うこととなった五軍の合戦。しかし、彼はその戦いの最中槍で刺されて致命傷を負い、まもなく息を引き取った。

オルクリストは、トーリンらドワーフ一行が森のエルフ王に囚われた時[19][20]、エルフ王に取り上げられていたのだが[23]、森のエルフ王(スランドゥイル)はトーリンの埋葬に際して、オルクリストをトーリンの墓に横たえた。この剣の刃は、敵が近づけば闇にかがやき、そのためドワーフの砦は敵の不意打ちに脅かされることがなかったという[24][25]

注釈

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  1. ^ 「ゴブリンを裂くもの」、「ゴブリン退治」と訳される
  2. ^ 「バイター(噛みつき魔)」、「かみつき丸」と訳される。
  3. ^ 『ホビットの冒険の現在』。
  4. ^ 当該箇所は、その執筆期から「Second Phase」と分類された部分。
  5. ^ 刊行本の第4章。§経緯参照。
  6. ^ 話が細かくなるが、トールキンは1910年代にはノーム語(Gnomish)あるいはゴルダ語[?](Golodogrin< Golda 'gnome')という言語名をもちいていた。前者はいわば英語式の呼名、後者は当のノーム種族が自分たちをゴルダ、言語をゴルダ語と呼んでいたという設定である。これを、1935年頃からノルドール語(Noldorin)という語名に改称した[10]。ちなみに「ゴロズ(Golodh)」は「ノルドール」を意味するシンダール語である[11]
  7. ^ レイトリフはノーム語とノルドール語を区別している。前者はトールキンの『ノーム語語彙目録』の語彙(1917年成立)の語彙、後者は『語源 Etymologies』(1930年代後半以降)の語彙である。
  8. ^ なお、オルクリストと一緒に発見されたGlamdring の名前だが『ノーム語語彙目録』によれば、"glam・hoth"はノーム語で「オーク」を意味するが[15]、"-dring"は『ノーム語語彙目録』からは不明だが、『語源 Etymologies』によればノルドール語で「ぶつ、打つ」等の意なので[16]、語釈の"Foe-hammer"「敵鉄槌」も逐語訳ではなくやや詩的表現ではあるが正確の域におさまっているとしている[9]
  9. ^ 第1紀の終わりに滅亡。

出典

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脚注
  1. ^ Tolkien & Anderson (1988), p. 62 n4.
  2. ^ a b 山本訳 (2012).
  3. ^ a b 瀬田訳 (1965)『ホビットの冒険』第3章「ちょっとひと息」pp. 77–91
  4. ^ a b Tolkien & Anderson (1988). "Chapter III. A Short Rest". p. 62: "Elrond knew all about runes of every kind..he said: “These are not troll-make.. very old swords of the High Elves of the West, my kin. They were made in Gondolin for the Goblin-wars.. This, Thorin, the runes name Orcrist, the Goblin-cleaver in the ancient tongue of Gondolin; it was a famous blade. This, Gandalf, was Glamdring, Foe-hammer that the king of Gondolin once wore.".
  5. ^ 山本訳では「ゴブリンを裂くもの」[2]、瀬田訳は「ゴブリン退治[3][4]
  6. ^ a b 瀬田訳 (1965)『ホビットの冒険』第4章「山の上と山のそこ」pp. 92–111
  7. ^ a b Tolkien & Anderson (1988). "Chapter IV. Over Hill and Under Hill". p. 75: "..goblins called it simply Biter."
  8. ^ a b Kemball-Cook, Jessica (February 1977). “Three Notes on Names in Tolkien and Lewis”. Mythprint 15 (2): 2. https://books.google.com/books?id=4s0qAQAAIAAJ&q=%22rist%22+%22cleave%22. 
  9. ^ a b c d e f g h Rateliff, John D. (2007). “The Second Phase: IV Goblins”. The History of the Hobbit, Part 1. London: HarperCollins. p. 132 and note 13 (p. 136). ISBN 9780007235551. https://books.google.com/books?id=B4RlAAAAMAAJ&q=orcrist 
  10. ^ a b Weiner, E. S. C.; Marshall, Jeremy (2011). Adams, Michael. ed. Tolkien's Invented Languages. Oxford University Press. p. 92. ISBN 9780191631603. https://books.google.com/books?id=fiGQDwAAQBAJ&pg=PA92. "Quenya and SIndarin are later versions of Qenya and Gnomish. SIndarin developed from Gnomish/Noldorin, even though, by the time of The Lord of the Rigns, Tolkien had transferred it from the Gnomes, or Noldor, to the Grey-elves, or Sindar (See Gilson (2000))." 
  11. ^ 『シルマリルの物語』(英語版、1977年)の巻末用語集にみえる
  12. ^ Tolkien, J. R. R. (1995) Gnomish Lexicon, p. 63. orc 'goblin'. apud Rateliff.[9]
  13. ^ Tolkien, J. R. R. (1995) Gnomish Lexicon, p. 27. crist ‘knife. slash – slice’.apud Rateliff.[9]
  14. ^ Tolkien, Christopher ed (1983–1996) The History of Middle-earth V: 365. 'apud Rateliff.[9]
  15. ^ Tolkien, J. R. R. (1995) Gnomish Lexicon, p. 39 apud Rateliff (2007), p. 137, note 15
  16. ^ Tolkien, Christopher ed (1983–1996) The History of Middle-earth V: 355. dring‘beat, strike’.'apud Rateliff.[9]
  17. ^ a b Burdge, Anthony; Burke, Jessica (2007). "Weapons, Named". In Drout, Michael D. C. [in 英語] (ed.). J.R.R. Tolkien Encyclopedia: Scholarship and Critical Assessment. Routledge. p. 701. ISBN 9780415969420
  18. ^ 瀬田訳 (1965)『ホビットの冒険』第2章「ヒツジのあぶり肉」pp. 51–76
  19. ^ 瀬田訳 (1965)『ホビットの冒険』第9章「牢から逃げだすたるのむれ」pp. 266–291
  20. ^ Tolkien & Anderson (1988). "Chapter IX. Barrels out of Bond". pp. 182–200.
  21. ^ 瀬田訳 (1965)『ホビットの冒険』第10章「心からの大かんげい」pp. 292–311
  22. ^ Tolkien & Anderson (1988). "Chapter X. A Warm Welcome". p. 208: "“We have none,” said Thorin, and it was true enough: their knives had been taken from them by the wood-elves, and the great sword Orcrist too.".
  23. ^ 樽に乗って脱出後の章で、大剣オルクリストは森のエルフらに奪われてしまったとトーリンは湖の町(エスガロス英語版)の橋守に話している[21][22]
  24. ^ 瀬田訳 (1965)『ホビットの冒険』第18章「帰りの旅」pp. 441–454
  25. ^ Tolkien & Anderson (1988). "Chapter XVIII. The Return journey". p. 303: "Upon his tomb the Elvenking then laid Orcrist, the elvish sword that had been taken from Thorin in captivity".
参照文献

外部リンク

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  • Orcrist トールキン・ウィキ (english)