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『オイディプス症候群』(オイディプスシンドローム)は、笠井潔の探偵小説。
ミステリ総合誌『EQ』1993年9月号~1994年11月号で連載され、全面的に加筆改稿後[1]2002年3月に書籍化された。2002年『週刊文春ミステリーベスト10』第4位[2]、同年『このミステリーがすごい! 2003年版』第10位[3]。2003年、第3回『本格ミステリ大賞』受賞[4]。
1970年代のパリを主要舞台に、謎の日本人青年矢吹駆(ヤブキカケル)と大学生ナディア・モガールの活躍を描いた、連作ミステリーの第5作である。今作はギリシャのクレタ島沖にある孤島を舞台にしたクローズド・サークル物[5]で、1980年代から世界的に感染拡大したウイルス性疾患「AIDS」をモデルにした感染症の脅威を軸に、古代ミノア文明やギリシア神話を修飾として展開する。恒例のカケルとの討論相手はフランスの哲学者ミシェル・フーコーをモデルにした人物で、その著作「監獄の誕生」を出処に"まなざし"に関する対話が交わされる。
ナディアはパリのクロード・ベルナール病院で、死の床にある友人のフランソワ・デュヴァルを見舞ったが、彼から重要な依頼を受ける。ザイールで研究していたウイルス感染症の研究報告書が封印された大判封筒を、ギリシャにいる共同研究者ピエール・マドック博士に手渡すことを旅費を添えて任された。同行者の必要を勧めるカケルを伴って翌日出立したが、アテネ空港で出迎えた製薬会社支社長に、さらにクレタ島南岸のスファキオン村まで向かうよう伝えられる。カケルとは空港ではぐれたため伝言を頼んで、単身カニア空港行きに乗り継いだが機中で、同じ村へ向かう女医のソーニャ・ラーソンと隣り合わせる。空港のバス乗り場でナディアは旧友のコンスタン・ジュールと再会したが、彼は特にあてのない旅行中だと語った。コンスタンを含めた三人は博士が滞在している、村のホテルに同宿することになった。
ホテルのフロントでナディアは、博士は外出したまま戻らぬと伝えられる。夜になってカケルから知人とアテネにいると電話が入ったので村へ誘うが、互いに面識のない者として振るまうという奇妙な条件を付けられた。否応なく承諾したナディアは明朝の船で博士が出向いた沖にある"ミノタウロス島"へ渡って封筒を手渡すので、午後3時に埠頭で待ち合わせることなった。しかし翌朝の船に乗り遅れたナディアは、村の滞在理由を曖昧にしていたソーニャが、同宿の2人のアメリカ人と見知らぬ大柄な男ら4人で9時の船に乗り込むのを目撃する。やむなくナディアはコンスタンと午後3時の船に乗ることにしたが、桟橋で哲学者のミシェル・ダジールとカケルの2人も同じく乗船しようとしていた。アメリカ人の大学教授を含めた5人は、平たい箱を重ねたようなミノア様式の"ダイダロス館"で接待役のマドック博士に迎えられる。
ナディアが充てられた部屋で晩餐の支度を終えた頃に、各部屋を廻っていた博士が訪れた。ようやく封筒を手渡したが博士は思い出したように受け取ると、その場で開封し「オイディプス症候群」と表題の打たれた書類の束を確認した。博士に大げさな感謝をされたナディアがなにげなく、スファキオン村でこの会合の招待主ロレンス・ブルームが行方不明になった話をすると、博士は慌てた様子で部屋を後にした。
国籍も社会的地位も異なる十人の男女は、秋から冬の変わり目の嵐に襲われたエーゲ海に浮かぶ孤島に閉ざされた。彼らの思惑と無意識な行動の因果は錯綜とした紋様を描き、血で染められた情念のタピストリーを紡いでゆく。招待客たちは"ダイダロス館"中庭の周囲に立ち並んだ、十体の牛神像への供物に捧げられる。
- フランソワ・デュヴァル キンシャサの疫学研究所に赴任していた、マルティニク出身のパストゥール研究所研究員
- オーサ・カールストゥルム スウェーデン人のオイディプス症候群を発見したアブバジ村の女医
- ディーダラス スファキオン村の崖から墜死したホテル・クセニアの宿泊者
- ロレンス・ブルーム CDCの研究員"ミノタウロス島"の会合の招待主
- ピエール・マドック パストゥール研究所の研究員"ミノタウロス島"の会合の接待役
- コンスタン・ジュール グルノーブル在住の新哲学派の哲学者、元マオイストの活動家
- ソーニャ・ラーソン ストックホルム国立病院の内科医
- アーノルド・ダグラス サンフランシスコの市政委員
- サイモン・デリンジャー ニューヨーク州イサカの大学教師で小説家
- ミシェル・ダジール フランス人の著名な哲学者、コレージュ・ド・フランスの教授
- ウイリアム・ロビンソン 古代ミノア文明研究家、UCLA教授
- ハワード・ポッツ 保険会社の調査員、元ニューヨーク市警察の刑事
- マリユス・マルボー 未到着の招待客、モントリオール在住
- ポール・アリグザンダー 製薬会社バイオクロス社の経営者で"ダイダロス館"の所有者
- イレーネ・ベロヤニス (エレニ) ポールの妻、スファキオン村出身の元舞台俳優
- ジョージ・アリグザンダー (ヨルギオス) ポールとイレーネの息子
- バシリス "ダイダロス館"の管理人
- ダナエ バシリスの妻、イレーネの従妹
- マルコ イタリア人のホテル・クセニアのフロント係
- ナディア・モガール パリ出身の大学生
- 矢吹駆 (トラン・バン・ドン) 謎の日本人青年
- ニコライ・イリイチ・モルチャノフ 秘密政治結社"ラモール・ルージュ"の中心人物
- ^ “〈ロング対談〉新世紀本格の最前線 笠井潔×歌野晶午”. 本の話 文藝春秋. 2024年2月27日閲覧。
- ^ 『週刊文春 2002年12月26日号』文藝春秋、2002年12月。
- ^ 『このミステリーがすごい! 2003年版』宝島社、2002年12月。
- ^ “2003年度 第3回本格ミステリ大賞”. 本格ミステリ作家クラブ. 2023年11月28日閲覧。
- ^ “脱出不可能!? クローズド・サークルミステリーのおすすめ小説”. BOOK OFF ONLINE. 2023年11月28日閲覧。