エルデシュ・モーデルの不等式
ユークリッド幾何学においてエルデシュ・モーデルの不等式(えるでしゅ・もーでるのふとうしき、英: Erdős–Mordell inequality)は、三角形ABCとその内部の点Pについて、三角形の各頂点とPの距離の和は、三角形の各辺とPの距離の和の2倍以上であるという定理である。 ポール・エルデシュとルイス・モーデルに因み名付けられた。エルデシュ(Erdős (1935) )はこの不等式の証明の問題を発表し、その2年後に、モーデルとバロー(Mordell and D. F. Barrow (1937))によって証明がなされた。 この不等式は実に初等的であるが、 彼らによる証明は全く初等的でない。その後 Kazarinoff (1957), Bankoff (1958), Alsina & Nelsen (2007)らによって単純な証明が与えられた。
バローの不等式はエルデシュ・モーデルの不等式のより強力な不等式である[1]。エルデシュ・モーデルの不等式は点と辺との距離、つまり垂線の長さに関する不等式だが、バローの不等式は角の二等分線の長さに関する不等式となっている。
主張
[編集]エルデシュ・モーデルの不等式 ― を三角形 の内部にある点、 を から三角形の辺に降ろした垂線とする(三角形が鈍角を持つ場合は、一つの垂線は、別の辺と交ったのち、辺の延長で交わる)。このとき以下の式が成り立つ:
証明
[編集]A,B,Cの対辺とその長さをa,b,cと表現する。またPA,PB,PCの長さをそれぞれp,q,r、P,BC間,P,CA間,P,AB間の距離をそれぞれx,y,zとする。このとき
を証明する。この不等式は
と等しい。このとき、右辺は三角形の面積を表すが、左辺の r + zは底辺をcとしてみたときの三角形の高さよりも大きい。したがってこの不等式は成立する。PをCの角の二等分線で鏡映した点にこの不等式を用いればcr ≧ ay + bxを得る。同様にap ≧ bz + cy, bq ≧ cx + azを得る。これらの不等式を変形する。
この3つの不等式を加えて
ここで相加相乗平均の関係式よりエルデシュ・モーデルの不等式を得る。等号成立条件は、元の三角形が正三角形でPが三角形の重心であることである。
他のより強い不等式
[編集]外接円をOとする△ABCと、△ABCの内部の点Pについて、D,E,Fを辺BC,CA,ABに対するPの垂足、M,L,NをA,B,CにおけるOの接線に対するPの垂足とする。このとき
が成り立つ。等号成立条件は元の三角形が正三角形であること(Dao, Nguyen & Pham 2016; Marinescu & Monea 2017)。
一般化
[編集]を凸なn角形、 をその内部の点とする。また をとの距離、をとの距離、をの二等分線との交点との距離とする。このとき次の不等式が成り立つ (Lenhard 1961)。
絶対幾何学
[編集]絶対幾何学 においてもエルデシュ・モーデルの不等式が成り立つことが知られている( Pambuccian (2008))。ただし絶対幾何学での三角形の内角の和は180°以下であることを考慮する必要がある。
関連項目
[編集]出典
[編集]- ^ “エルデス・モーデルの定理の証明”. 高校数学の美しい物語 (2022年4月8日). 2024年7月6日閲覧。
参考文献
[編集]- Alsina, Claudi; Nelsen, Roger B. (2007), “A visual proof of the Erdős-Mordell inequality”, Forum Geometricorum 7: 99–102.
- Bankoff, Leon (1958), “An elementary proof of the Erdős-Mordell theorem”, American Mathematical Monthly 65 (7): 521, doi:10.2307/2308580, JSTOR 2308580.
- Dao, Thanh Oai; Nguyen, Tien Dung; Pham, Ngoc Mai (2016), “A strengthened version of the Erdős-Mordell inequality”, Forum Geometricorum 16: 317–321, MR3556993.
- Erdős, Paul (1935), “Problem 3740”, American Mathematical Monthly 42: 396, doi:10.2307/2301373, JSTOR 2301373.
- Kazarinoff, D. K. (1957), “A simple proof of the Erdős-Mordell inequality for triangles”, Michigan Mathematical Journal 4 (2): 97–98, doi:10.1307/mmj/1028988998. (See D. K. Kazarinoff's inequality for tetrahedra.)
- Lenhard, Hans-Christof (1961), “Verallgemeinerung und Verschärfung der Erdös-Mordellschen Ungleichung für Polygone”, Archiv für Mathematische Logik und Grundlagenforschung 12: 311–314, doi:10.1007/BF01650566, MR0133060.
- Marinescu, Dan Ștefan; Monea, Mihai (2017), “About a strengthened version of the Erdős-Mordell inequality”, Forum Geometricorum 17: 197–202.
- Mordell, L. J.; Barrow, D. F. (1937), “Solution to 3740”, American Mathematical Monthly 44: 252–254, doi:10.2307/2300713, JSTOR 2300713.
- Pambuccian, Victor (2008), “The Erdős-Mordell inequality is equivalent to non-positive curvature”, Journal of Geometry 88 (1–2): 134–139, doi:10.1007/s00022-007-1961-4.
外部リンク
[編集]- Weisstein, Eric W. "Erdős-Mordell Theorem". mathworld.wolfram.com (英語).
- Alexander Bogomolny, "Erdös-Mordell Inequality", from Cut-the-Knot.