アントワーヌ (ブラバント公)
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アントワーヌ・ド・ブルゴーニュ Antoine de Bourgogne | |
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ブラバント公 | |
在位 | 1406年 - 1415年 |
出生 |
1384年8月 |
死去 |
1415年10月25日 アジャンクール |
配偶者 | ジャンヌ・ド・サン=ポル |
ルクセンブルク女公エリーザベト | |
子女 |
ジャン4世 フィリップ |
家名 | ヴァロワ=ブルゴーニュ家 |
父親 | ブルゴーニュ公フィリップ2世 |
母親 | フランドル女伯マルグリット3世 |
アントワーヌ・ド・ブルゴーニュ(Antoine de Bourgogne, 1384年8月 - 1415年10月25日)は、ブラバント公(在位:1406年 - 1415年)。ブルゴーニュ公フィリップ2世(豪胆公)とフランドル女伯マルグリット3世の息子で、ヴァロワ=ブルゴーニュ家で最初にブラバント公となった人物。
生涯
[編集]ブルゴーニュ公爵夫妻の第7子、四男として生まれた。長兄ジャン・サン・プールはブルゴーニュ公、弟フィリップはヌヴェール伯およびルテル伯である。長姉マルグリットは下バイエルン=シュトラウビング公・エノー伯・ホラント伯・ゼーラント伯ヴィルヘルム2世の妻、次姉カトリーヌはオーストリア公レオポルト4世の妻、妹マリーはサヴォイア伯アメデオ8世(対立教皇フェリクス5世)の妻となった。
母方の祖母マルグリットの姉、ブラバント女公ジャンヌの死後、協定によりブラバント公を相続した。
1402年にリニー伯兼サン=ポル伯ワレラン3世の娘ジャンヌ・ド・サン=ポル(? - 1406年)と結婚し、2男をもうけた。アントワーヌの死後はこの2人が相次いでブラバント公を継承した。
- ジャン4世(1403年 - 1427年)
- フィリップ・ド・サン=ポル(1404年 - 1430年)
1409年にルクセンブルク女公エリーザベト・フォン・ゲルリッツと再婚し、2子をもうけたが、いずれも夭逝した。
1415年に弟フィリップと共にアジャンクールの戦いで戦死した。
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