アレクサンドラ・リプリー
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アレクサンドラ・リプリー(Alexandra Ripley、1934年1月8日 – 2004年1月10日)は、アメリカの小説家。サウス・カロライナ州チャールストン出身。マーガレット・ミッチェルの小説『風と共に去りぬ』の続編『スカーレット』の著者として、有名になった。
略歴
[編集]アレクサンドラ・リプリーは、1934年、米サウス・カロライナ州チャールストンに生まれた。スコットランド系の血筋である[1]。若い時には、ニューヨークで『ライフ』誌の仕事を、ワシントンではエール・フランスで仕事をし、やがて、レナード・リプリー(Leonard Ripley)と結婚、2人の娘が生まれた。レナードと離婚後、しばらくして、バージニア大学教授(修辞学)であったジョン・グレアム(John Graham)と再婚、バージニア州シャーロッツヴィルで暮らした[2]。
1981年に出版された小説『チャールストン(Charleston)』が、彼女の出世作になった[3][4]。
1986年に、マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』の続編・執筆者に選ばれ、入念な準備の末に書き上げた『スカーレット』は、1991年9月、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなど各国語で同時に出版された。日本語版は作家森瑤子が自ら翻訳を志願し、1992年11月に新潮社で出版された[5]。作品自体は厳しい評価に晒されたが、世界的なベストセラーになった。
2004年、バージニア州リッチモンドにある自宅で死去。70歳。
小説
[編集]- Who's the Lady in the President's Bed? (1972年)
- Charleston (1981年)
- On Leaving Charleston (1984年)
- The Time Returns (1985年)
- New Orleans Legacy (1987年)
- 『スカーレット』 (森瑤子訳、新潮社、1992年) - Scarlett (1991年)
- From Fields of Gold (1994年)
- A Love Divine (1997年)
脚注
[編集]- ^ 大平和登 「【ニューヨーク・オン・ライン】 その後の『スカーレット』を求めて -『続・風と共に去りぬ』の作者 アレキサンドラ・リプリー女史に聞く- 」 『月刊 潮』1992年5月号、潮出版社、p.278. 表題“アレキサンドラ”は原文のまま。今でも親戚がエディンバラ周辺にたくさんいるという。
- ^ 仙名紀 「戻る? 戻らぬ? スカーレットとレットのより – “続 『風と共に去りぬ』” が描く本当の結末- 」 『月刊 Asahi』1991年12月号、朝日新聞社、p.129. なお、「より」の部分は、原文では傍点が付されている。
- ^ 石川幸代 「話題騒然! 『風と共に去りぬ』 続編の読み所」 『プレジデント』1991年11月号、プレジデント社、p.439.
- ^ 大平和登 「【ニューヨーク・オン・ライン】 その後の『スカーレット』を求めて -『続・風と共に去りぬ』の作者 アレキサンドラ・リプリー女史に聞く- 」 『月刊 潮』1992年5月号、潮出版社、p.276.
- ^ アレクサンドラ・リプリー 『スカーレット(四)』森瑤子訳、新潮文庫(全4巻)、1994年、訳者解説での著者紹介。
外部リンク
[編集]- KENNETH N. GILPIN「Alexandra Ripley, 'Scarlett' Author, Dies at 70」 『ニューヨーク・タイムズ』 2004年1月27日付 (訃報と略歴。英文)