アラン・ゴーウェン
アラン・ゴーウェン Alan Gowen | |
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生誕 | 1947年8月19日 |
出身地 |
イングランド ロンドン・ハムステッド |
死没 | 1981年5月17日(33歳没) |
ジャンル |
カンタベリー・ロック プログレッシブ・ロック |
職業 | ミュージシャン |
担当楽器 | キーボード |
共同作業者 |
ギルガメッシュ ナショナル・ヘルス ソフト・ヒープ |
アラン・ゴーウェン[1](Alan Gowen、1947年8月19日 - 1981年5月17日)は、フュージョン/プログレッシブ・ロックのキーボード奏者である。ギルガメッシュとナショナル・ヘルスでの仕事でよく知られている。
略歴
[編集]ゴーウェンは、ロンドン北西部にある北ハムステッドで生まれた。ジェイミー・ミューア(ドラム、アサガイ出身)とローリー・ベイカー(ベース)と共に、1972年にサンシップ (Sunship)として知られるようになる以前の1971年、アサガイにゴーウェンは加入している。
1973年、ギルガメッシュを結成。ハットフィールド・アンド・ザ・ノースとのコラボレーションを開始し、1975年にハットフィールド・アンド・ザ・ノースのキーボード奏者であったデイヴ・スチュワートと共にナショナル・ヘルスを結成した。1977年、ナショナル・ヘルスを脱退。
1978年、ゴーウェンはエルトン・ディーン、ヒュー・ホッパー、ピップ・パイルとソフト・ヒープを結成した。デイヴ・シーンがパイルの後釜に座った1978年夏、バンドはソフト・ヘッドと名を変えてツアーを行った。その年のうちに2枚目のギルガメッシュのアルバム『アナザー・ファイン・チューン・ユーヴ・ゴット・ミー・イントゥ』もレコーディングした。
ゴーウェンは1979年から1980年にナショナル・ヘルスへ復帰した。同時にソフト・ヒープでの活動も続けていた。リチャード・シンクレア(ベース、一時期ギルガメッシュに在籍)、フィル・ミラー(ナショナル・ヘルスのギター)、トレヴァー・トムキンス(ギルガメッシュ出身のドラム)と一緒にレコーディングされたアルバム『ビフォー・ア・ワード・イズ・セッド』は、ゴーウェンが1981年に白血病で死去する前に発表された最後のアルバムとなった。
ディスコグラフィ
[編集]ギルガメッシュ
[編集]- 『ギルガメッシュ』 - Gilgamesh (1975年)
- 『アナザー・ファイン・チューン・ユーヴ・ゴット・ミー・イントゥ』 - Another Fine Tune You've Got Me Into (1978年)
- 『アライヴィング・トゥワイス』 - Arriving Twice (2000年) ※1973年-1975年音源
ナショナル・ヘルス
[編集]- 『ナショナル・ヘルス』 - National Health (1978年)
- 『D.S.アル・コーダ』 - D.S. Al Coda (1982年) ※ゴーウェン作品を収録したトリビュート・アルバム
- 『オリジナル・ナショナル・ヘルス』 - Missing Pieces (1996年) ※1975年-1976年音源
- 『プレイタイム』 - Playtime (2001年) ※1979年ライブ音源
ソフト・ヒープ / ソフト・ヘッド
[編集]- 『ローグ・エレメント』 - Rogue Element (1978年) ※ソフト・ヘッド名義
- 『ソフト・ヒープ』 - Soft Heap (1979年)
- 『アルデンテ』 - Al Dente (2008年) ※1978年ライブ音源
その他の参加アルバム
[編集]- ヒュー・ホッパー&アラン・ゴーウェン: 『トゥー・レインボウズ・デイリー』 - Two Rainbows Daily (1980年)
- ゴーウェン、ミラー、シンクレア、トムキンス: 『ビフォー・ア・ワード・イズ・セッド』 - Before A Word Is Said (1981年)
- ヒュー・ホッパー&アラン・ゴーウェン: Bracknell-Bresse Improvisations (1996年)
脚注
[編集]- ^ 「アラン・ゴウエン」「アラン・ガウエン」の表記もある。