かしぶち哲郎
かしぶち 哲郎 | |
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出生名 | 橿渕 哲郎 |
生誕 | 1950年11月9日 |
出身地 |
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死没 | 2013年12月17日(63歳没) |
ジャンル | フォークソング、ロック、J-POP |
職業 | |
担当楽器 |
ドラムス、ボーカル ギター、ピアノ、ほか[1] |
活動期間 | 1971年 - 2011年 |
共同作業者 |
はちみつぱい ムーンライダーズ |
公式サイト | TETSUROH KASHIBUCHI OFFICIAL HOMEPAGE |
かしぶち 哲郎(かしぶち てつろう、1950年11月9日 - 2013年12月17日)は、日本の男性音楽家。ムーンライダーズのドラマー、ボーカル。栃木県出身。クレジットには本名である橿渕 哲郎(読み同じ)[2]を使用することもある[3]。
来歴・人物
[編集]幼少期よりクラシックからビートルズまで幅広く音楽に親しんで育ち[1]、1966年10月、16歳の高校生の頃から本格的に作詞・作曲を始める[1]。
学校帰りに自転車を漕ぎながら曲を作り[1]、当時はカセットデッキがなかったためオープンリールデッキを使用して、自宅所有の小型デッキと、近所の家から借りてきた本格的なデッキの2台を接続し、ダビングしながら自宅録音で楽曲を制作していた[1]。下校して家に帰ってから、母が「ごはんよ」と呼ぶまで歌を録音するのが楽しみだったが[1]、将来は父の跡を継いで建築家になるつもりで、音楽はあくまで趣味であり、プロのミュージシャンを目指すことは夢にも考えていなかったという[1]。当時使っていた楽器は、ピアノ・オルガン、ギター(アコースティックギター・エレキギター)、ドラム、ハーモニカなど[1]。高校卒業後の1970年までそうして楽曲制作を続け[1]、その時期の作品はのちの2000年代に自らCD化して日の目を見ることになる(#ソロ作品を参照)[1]。
進学のため上京し[4]、渋谷のライブハウス「青い鳥」で弾き語りをして音楽活動していたところ、野澤享司の紹介でオーディションを受けはちみつぱいに加入[5]。当時かしぶちは学生であったが[4]、はちみつぱいについて「はっぴいえんどのようなバンド」という説明を受けて誘われたものの[4]、かしぶち本人ははっぴいえんど、はちみつぱいのどちらも知らず聞いたこともなかったという[4]。そしてはちみつぱいのオーディションでは、ドラマー募集にもかかわらず自作曲の弾き語りを始めたという逸話がある[5]。
はちみつぱい解散後は、ムーンライダーズに結成時から参加。また、ムーンライダーズの鈴木博文、白井良明とともに別ユニットとして「アートポート」を結成、1981年にはアルバム『ARTPORT』をリリースした。
1983年6月21日には、初のソロアルバム『リラのホテル』を「かしぶち哲郎 featuring 矢野顕子」名義でリリース、同年9月6日にはレコ発ライブ「『リラのホテル』コンサート」を渋谷公会堂で開催[6]。かしぶちと矢野のほか、ボーカルで大貫妙子、ストリングス指揮で坂本龍一が参加、またかしぶちがボーカルに専念したため、ドラムは鈴木さえ子が担当した。演奏はムーンライダーズのほか、児童合唱団も参加し、ステージセットにも凝った豪華なコンサートとなった[6]。
バンドおよびソロでの活動のかたわら、映画(大森一樹#映画も参照)、テレビドラマなどの劇伴やCM音楽の制作、作詞・作曲を行う。1980年代にはアイドルなど歌手への楽曲提供を多数行い、特に石川セリ、岡田有希子には多くの楽曲を提供し、アルバムのアレンジも行うなど密接に関わっていた。
2000年代からは、自身の自主レーベル「MOLDAU DISC」を立ち上げ、過去音源のアーカイブやソロライブ・アルバムをリリースする。
晩年は2006年頃から体調を崩すことが多くなり、椎間板ヘルニアを発症してドラムが叩けなくなるが、ロマンス・グレーの紳士的なルックスで団塊世代の夫役・父親役でCM出演したり、ギター弾き語りによるライブや音楽劇の企画・出演、楽曲提供などを継続していた。その後、かしぶちの体調悪化に伴い、2011年11月11日、ムーンライダーズが同年末をもって「無期限活動停止」を発表する。
食道癌で療養中の2013年12月17日に死去[2][7]。63歳没。
ディスコグラフィ
[編集]はちみつぱい
[編集]ムーンライダーズ
[編集]アートポート
[編集]ソロ作品
[編集]シングル
[編集]スタジオ・アルバム
[編集]- 『リラのホテル』1983年6月21日 -「かしぶち哲郎 featuring 矢野顕子」名義。
- 『彼女の時』1985年7月7日
- 『fin 〜めぐり逢い〜』1993年5月26日
- 東芝EMIからのリリース(規格品番:TOCT-8011)。1999年CD再発。
- 収録曲:Roman d'amour~恋愛小説~/恋のためらい/彼女と彼/Deux Ciels~ふたつの空~/オブジェの花/ある夏のマリアージュ/Egoiste/Noel a Paris~パリのクリスマス/Fin~めぐり逢い~/Collage d'amour
- 『LE GRAND (ル・グラン) 』2009年11月11日
- 最後のソロスタジオ・アルバムとなった。クレモンティーヌが作詞・ボーカルで参加。ソニー・ミュージックダイレクトからのリリース(規格品番:MHCL 1631-3 / MHCL 1634)。
- 収録曲:恋人たちのロンド[注釈 1]/たった、ふたりの物語/いつも一緒/ドレス一枚と愛ひとつ/Mr.&Ms.Christmas/さよならトスカーナ/セパレート・テーブル/林檎の木/ハバロフスクを訪ねて/Milestone ~遥かなる旅~/恋人たちのロンド (Instrumental)
- 初回限定盤は『LE GRAND』に加え、『今日は雨の日です』『つくり話』を1枚にまとめてボーナストラックを追加した再発盤『REMINISCENCE』[注釈 2]1967年 - 1970年の手書き詩集『CHOIX DE POEMES』(60頁)を専用箱にまとめたボックス・セット。
ベスト・アルバム
[編集]- 『かしぶち哲郎 SONGBOOK』1998年5月2日
- ムーンライダーズの音源から、かしぶちが選んだ自選ベスト・アルバム。
- 収録曲:砂丘/Beep Beep Be オーライ (Single Version) /ハバロフスクを訪ねて/オールド・レディー/トラベシア/バック・シート/狂ったバカンス/スカーレットの誓い/気球と通信/二十世紀鋼鉄の男/S・E・X(個人調査)/D/P(ダム・パール)/さなぎ/Frou Frou/CLINIKA (Unreleased Vocal Version)/プラトーの日々/ガールハント
- 「CLINIKA (Unreleased Vocal Version)」は、ムーンライダーズのアルバム『DON'T TRUST OVER THIRTY』収録曲だが、かしぶちの体調不良と入院によりボーカル録りが間に合わずカラオケ状態のままリリースされ、本作でボーカルバージョンを初収録。
ライブ・アルバム
[編集]- 『Live Egocentrique (ライブ・エゴサントリーク) 』2003年10月25日
未発表音源集
[編集]いずれも、自主レーベル「MOLDAU DISC」からのリリース。
- 『今日は雨の日です』2002年9月28日
- 『つくり話』2006年2月17日
- 「Tetsuroh Kashibuchi archives vol.2 1967」として、1967年頃の初期弾き語り未発表音源を収録(規格品番:moldau-002)。
- 収録曲:つくり話/僕は死んだ/マーシャス号/ハバロフスク~美しき来訪~[注釈 8]/昼下がりのバラード
- 『自由なメロディー はちみつぱい〜ムーンライダーズ』2009年10月10日
サウンドトラック
[編集]- 『恋する女たち サウンドスケッチ』1986年
- 『「さよなら」の女たち サウンドポエム』1987年
- 『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争 Sound Sketch I』1989年
- 『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争 Sound Sketch II』1989年
- 『うずまき Original Sound Track』2000年 - 鈴木慶一との合作、Do As Infinityが参加。
- 『かしぶち哲郎 映画音楽集 TETSUROH KASHIBUCHI Musiques De Films』2011年2月23日
- かしぶちが手掛けた以下のサウンドトラックを集めた2枚組CDコンセプト・アルバム。ソニー・ミュージックダイレクトからのリリース(規格品番:MHCL 1859-60)。
トリビュート・アルバム
[編集]- 『かしぶち哲郎 トリビュート・アルバム~ハバロフスクを訪ねて』2014年12月17日
- 没後に発売された2枚組CDのトリビュート・アルバム。Pヴァインからのリリース(規格品番:PCD-18779-80)[9]。
- かしぶちの生前から本人公認で企画されていたもので、彼の遺した400曲以上のムーンライダーズとソロ楽曲、他者への提供曲から選曲してカバー[9]。全曲を新録音で収録、かしぶちが生前に「新曲」として制作を望んでいた未発表曲「Lily」を、彼の遺志を継いでムーンライダーズが演奏[9]。
- 参加アーティスト:矢野顕子、山本精一、細野晴臣、豊田道倫、佐藤奈々子、入江陽、アーバンギャルド、佐藤優介、鈴木さえ子+tomisiro、Gofishトリオと柴田聡子、あがた森魚、北村早樹子、寺尾紗穂 with 松井一平、テンテンコ、松尾清憲、スカート、ピエール・バルー、ムーンライダーズ[9]。
- ジャケットのイラストは谷川史子が担当[10]。
提供・プロデュース作品
[編集]- アグネス・チャン
- 街角 - 作詞・作曲・編曲(1976年。アルバム『Mei Mei いつでも夢を』A-5)※編曲:鈴木慶一とムーンライダースと共編曲
- つくり話 - 作詞・作曲・編曲(1981年。アルバム『Love me little Love me long』B-2)
- 輪舞(ロンド) - 作詞・作曲・編曲(1981年。アルバム『Love me little Love me long』B-3)
- 石川セリ
- BOY - 作詞・作曲
- キ・サ・ラ恋人 - 作詞・作曲・編曲
- MARTINET(マルチネ…雨燕) - 作詞・作曲・編曲
- NOEL(ノエル) - 作詞・作曲・編曲
- コロニー - 編曲
- 恋愛飼育論 - 作詞・作曲・編曲
- TWO - 作詞・作曲・編曲
- ジャングル - 編曲
- SOLEIL(ソレイユ) - 作詞・作曲・編曲
- 永遠の誓い - 作詞・編曲
- 姉妹 - 作曲・編曲
- いろ、なつ、ゆめ 〜彩・夏・夢 - 作詞・作曲
- DESIRE - 作詞・作曲
- 中原理恵
- 私小説 - 作詞・作曲・編曲
- Work Over Time - 作詞・作曲・編曲
- そして海辺 - 作曲・編曲
- Hypochondoria - 編曲
- 追憶 - 作詞・作曲・編曲
- 斉藤由貴
- Angel Kiss - 作曲・編曲
- Singin' in the Rain - 編曲
- イヴ
- ノン・ノン! - 作詞・作曲・編曲
- バラは嫌い - 作詞・作曲・編曲
- 妖華〜タンゴ・シック - 作詞・作曲・編曲
- エ・ク・ス・タ・シー - 作詞・作曲・編曲
- したいの - 作詞・作曲・編曲
- シンガポール・セレナーデ - 作詞・作曲・編曲
- 岡田有希子
- 森のフェアリー - 作詞・作曲
- ポップ・アップ・リセエンヌ - 作詞・作曲
- Bien - 作詞・作曲
- Love Fair - 作詞・作曲
- くちびるNetwork - 編曲
- 恋のエチュード - 作詞・編曲
- WONDER TRIP LOVER - 編曲
- 愛…illusion - 編曲
- ヴィーナス誕生 - 編曲
- Spring Accident - 編曲
- 銀河のバカンス - 編曲
- ジュピター - 作詞・作曲・編曲
- 眠れぬ夜のAQUARIUS - 編曲
- 水晶の家 - 作曲・編曲
- 愛のコロニー - 作詞・作曲・編曲
- 花のイマージュ - 作詞・作曲・編曲
- 秘密のシンフォニー - 編曲
- 大石恵
- 白い一日-JOUR DE NEIGE- - サウンドプロデュース(編曲)
- 恋人たちのいる時間 - 作曲・サウンドプロデュース(編曲)
- あなたのそばに - 作曲・サウンドプロデュース(編曲)
- 生稲晃子
- 恋のルフラン - 作詞・作曲
- モノローグ…春 - 作詞・作曲
- 鈴木雄大
- 碧のアリア - 作曲・編曲
劇伴
[編集]映画
[編集]- 恋する女たち(1986年)
- 「さよなら」の女たち(1987年)
- トットチャンネル(1987年)
- 君は僕をスキになる(1989年)
- 良いおっぱい悪いおっぱい(1990年)
- 釣りバカ日誌5(1992年)
- 釣りバカ日誌6(1993年)
- 愛の新世界(1994年)
- 釣りバカ日誌7(1994年)
- 螢II 赤い傷痕(1995年)
- 釣りバカ日誌8(1996年)
- 釣りバカ日誌9(1997年)
- ドリーム・スタジアム(1997年)
- 釣りバカ日誌10(1998年)
- ア・ルース・ボーイ(1998年)
- うずまき(2000年)
- ホーム・スイートホーム2(2003年)
- ふうけもん(2009年)
- 世界のどこにでもある、場所(2010年)
テレビドラマ
[編集]- 木曜ゴールデンドラマ(よみうりテレビ)
- 女優時代(1988年)
- あぶない家族(1989年)
- 赤ちゃん戦争(1989年)
- 長い道IV(1989年)
- 拾われた幸福(1990年)
- 心、ください(1990年)
- 長い道V(1990年)
- 卒業 父と母の偏差値(1990年)
- 母性が裁かれる時(1991年)
- 逆転無罪(1991年)
- それでも家を買いました(1991年、TBS)
- さよならをもう一度(1992年、フジテレビ)
- 大人のキス(1993年、日本テレビ)
- 金曜エンタテイメント
- 炎の料理人 周富徳物語(1995年、フジテレビ)
アニメ
[編集]- 機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争(1989年)
- ヤンキー烈風隊2 二代目襲名!!血染めの特攻服(1989年)
- ヤンキー烈風隊3 壮絶!!仁義なき抗争(1990年)
- ヤンキー烈風隊4 恐怖の命(タマ)取り合戦(1991年)
- 捜獣戦士 サイキック・ウォーズ(1991年)
- Compiler(1992年)
- ヤンキー烈風隊5 血の掟!遠州血゛獄一家(1994年)
CM出演
[編集]著作
[編集]- かしぶち哲郎 著『ロック・ドラムが叩けちゃった』自由現代社、2001年3月25日。ISBN 978-4-79821016-2
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ フランス語詞、作詞はクレモンティーヌ、ボーカルでも参加。
- ^ 『つくり話』収録曲「ハバロフスク~美しき来訪~」は未収録。
- ^ a b c d スタジオ・アルバム未収録曲。
- ^ ドノヴァンのカバー。
- ^ セルジュ・ゲンズブールの楽曲。
- ^ Beep Beep Be オーライ~マイ・オールド・レディー~CLINIKA (Unreleased Vocal Version)~服を脱いで、僕のために~D/P(ダム・パール)のメドレー。
- ^ のちにムーンライダーズのアルバム『Istanbul mambo』に「Beep Beep Be オーライ」として収録されたが歌詞が異なる。
- ^ のちにムーンライダーズのアルバム『Istanbul mambo』に「ハバロフスクを訪ねて」として収録。
- ^ はちみつぱい「酔いどれ音楽会」、日仏会館ホール、1974年9月18日録音。
- ^ はちみつぱい解散コンサート、山野ホール、1974年11月20日録音。
- ^ 1990年5月26日公開、伊藤比呂美著『良いおっぱい悪いおっぱい』と、伊藤比呂美・西成彦著『パパはごきげんななめ』の合作映画化作品[8]。
出典
[編集]- ^ a b c d e f g h i j 『LE GRAND』初回限定盤ボックス・セット付属CD『REMINISCENCE』ライナーノーツより。
- ^ a b “かしぶち哲郎さん死去 ミュージシャン、映画音楽を作曲”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社 (2013年12月20日). 2013年12月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月20日閲覧。
- ^ “かしぶち哲郎SONGBOOK”. TETSUROH KASHIBUCHI OFFICIAL HOMEPAGE. 2013年12月20日閲覧。
- ^ a b c d 坂本龍一『サウンドストリート』1983年「ムーンライダーズ特集」、ゲスト:鈴木慶一・鈴木博文・かしぶち哲郎。
- ^ a b 『火の玉ボーイとコモンマン』109頁
- ^ a b ソロ・コンサート「リラのホテル」 TETSUROH KASHIBUCHI OFFICIAL HOMEPAGE
- ^ “ムーンライダーズのドラマー、かしぶち哲郎が逝去。享年63歳”. Ro69. ロッキング・オン (2013年12月20日). 2013年12月20日閲覧。
- ^ 作品情報 映画『良いおっぱい悪いおっぱい』 MOVIE WALKER PRESS、株式会社ムービーウォーカー
- ^ a b c d かしぶち哲郎 トリビュート・アルバム~ハバロフスクを訪ねて Pヴァイン
- ^ “谷川史子がジャケ執筆、矢野顕子ら参加のかしぶち哲郎トリビュート盤”. コミックナタリー. ナターシャ (2014年11月17日). 2016年7月24日閲覧。
参考文献
[編集]- 鈴木慶一著『火の玉ボーイとコモンマン―東京・音楽・家族 1951-1990』新宿書房、1989年10月。ISBN 978-4-88008126-7
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- SOLO WORKS - かしぶち哲郎 - moonriders.net(ムーンライダーズ公式サイト)
- TETSUROH KASHIBUCHI OFFICIAL HOMEPAGE - 公式サイト
- Tetsuro Kashibuchi - Discogs