外湯

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道後温泉本館(重要文化財

外湯(そとゆ)とは、温泉資源利用の一形態[1]。温泉地内(湯元)に共同で使用される浴場(共同湯)を設ける形態をいう[1][2]。このような共同の浴場は歴史的には「外湯」のほか「元湯」や「総湯」とも称された[2]。各宿泊施設内に設けられる内湯対義語である[1][2]

概要[編集]

外湯と内湯の組み合わせは温泉地により異なり、温泉地の中心部に外湯を設ける例、温泉地の各所に湧出する泉源に外湯を設ける例、外湯と内湯が混在する例、内湯利用のみとする例の4つの型に分けられる[1]

機械による汲み上げが未だ無かった近世の温泉地では、湧出量が少なければ外湯として利用するほかなかった[1]。近世半ば以降、社寺参詣や盛んになり諸街道が整備されたこともあって各地に湯治場が設置されたが[1]、旅籠内に必ずしも温泉が設けられるとは限らなかった[2]

近世には温泉療養(湯治客)が温泉利用の中心で、外湯は浴客の社交場でもあり温泉地のシンボルでもあった[1][2]。しかし、明治時代以降、観光行楽目的の利用客が増えたことで内湯が日本全国に普及した[1][2]

近代以降になると機械による汲み上げが行われるようになり、温泉資源利用に大きな変化を生じた[1]

浅間温泉の場合、江戸時代から内湯と外湯(共同湯)があったが、明治初期には内湯が増加するとともに外湯も多く設置されるようになった[3]。そこで湯株制が形成され、湯株仲間のみが利用できる外湯、入湯料を支払うことによって一般の利用者も利用できる外湯、地区住民の共有財産の外湯の3つのタイプが生じた[3]

温泉地によっては休息施設を併設した日帰り入浴施設も存在する。

外湯巡り[編集]

以下の温泉地は、外湯巡りを温泉街の名物としている。

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 高柳友彦「温泉資源管理の歴史」『水資源・環境研究』第31巻第2号、水資源・環境学会、2018年、84-87頁。 
  2. ^ a b c d e f 益子安「温泉の集中管理」『温泉科学』第32巻第2号、日本温泉科学会、1981年、52-60頁。 
  3. ^ a b 井田仁康、上野健一「浅間温泉の形成過程と集落構造」『地域調査報告』、筑波大学、1985年。 
  4. ^ たまわりの湯跡地 売却へ 神戸の企業に 地元おおむね了承 三朝町”. 日本海新聞. 2024年5月23日閲覧。

関連項目[編集]