塵旋風

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2005年6月、アメリカアリゾナ州で撮影された大規模な塵旋風の写真。

塵旋風(じんせんぷう)とは、地表付近の大気渦巻状に立ち上る突風の一種で、主に晴天で弱風の日中に発生する。しばしば誤認されるが、竜巻とは異なる気象現象である。旋風(せんぷう、つむじかぜ)や辻風(つじかぜ)とも呼ばれる。

特徴[編集]

(比較用参考)積乱雲から漏斗雲が垂れ下がる竜巻
2008年4月、ポーランドクラクフ市で撮影された塵旋風の連続写真。
2008年3月、メキシココアウイラ州で撮影された塵旋風の動画(約1分14秒)。

竜巻との比較を交えて塵旋風の特徴を説明する。

  • 風の弱い晴れた日に発生しやすい[1]
  • 寿命はふつう数分程度[2]
  • 砂地・裸地や荒地に発生しやすい[1][2]
  • 空気の渦に伴って、砂や塵が吹き上げられる。ときに砂塵は周囲に撒き散らされる[1][3]
    竜巻も同様[4]
  • 渦の直径は小さく、その軸はほぼ垂直[1][3]
    竜巻の軸は垂直のこともあるが傾くことがあり、ときに曲がっている[4]
  • 高さは絶えず変わり続ける[1][3]。しばしば数十メートル(m)の高さに達する[1]。ときに100 mを超えることもあるが、その場合寿命が長い傾向にある[2]
  • 日射で地面が強く加熱されていて、地面近くの大気に著しい不安定が生じると発生しやすい[1][3]
  • 柱状の空気の渦である[1][3]
    竜巻はふつう積乱雲の底から垂れ下がる柱状または漏斗状の雲を伴う[4]。しばしば漏斗雲は、地面からの塵や水面からの飛沫がつくる尾とつながっている[4]
  • 塵旋風では、地表面の加熱の中で生じた上昇流が浮力を得て、地表付近の渦を引き延ばす[2]
    竜巻では、上空の積乱雲の中で力学的に生じた上昇流が、地表付近の渦を引き延ばす[2]ガストフロントでの寒気と暖気の衝突による上昇気流や、シアーの大きい風の収束などが環境要因に挙げられる。
  • 塵旋風による被害は竜巻ほど激しくない[2]
    竜巻の直下や付近に建物などが存在した場合、甚大な被害を及ぼす可能性は高く、自然災害となり得る。
    竜巻は急な雨、(ひょう)や(あられ)、や突風などの荒天に前後して生じることが多い。

発生要因[編集]

まず、太陽光などによって地表温度が上がり、同時に地表付近の大気が熱せられることで混合層内にセル状の対流(ベナール対流)または、乱流状の対流が発生する。収束域(上昇気流域)になんらかの原因[注釈 1]で発生した大規模な回転(回転源)が加わると、角運動量保存のためコンパクトで強力な渦になり、塵旋風になると考えられている。つまり、塵旋風が発生する時の上空は混合層がよく発達した強い日差しの晴天であることが多い。これは、竜巻が発生する時の上空の様子とは大きく異なる点であるが、収束による鉛直渦度の引き伸ばしという直接的な原因は竜巻や、水面で見られる蒸気旋風などと同様である。

いくつかの観測によれば、塵旋風は地表面の温度が最も高くなる正午過ぎに出現頻度が高くなる。地表の強く加熱され接地境界層気温減率が断熱減率をはるかに上回る状況で、大きなスケールの風況が静かであることが関係していると考えられる[2]

なお、太陽光ではなく、建物火災山火事などで地表が熱せられて渦巻状の火柱が立ち上る現象は火災旋風と呼ばれる。

塵旋風通過時の地上観測では、数ヘクトパスカル(hPa)の気圧低下や数ケルビン(K)の気温上昇を観測した報告がある[2]

塵旋風の回転方向は、時計回り・反時計回りともに同じ程度とする報告がある[2]

海や湖などの水面でも稀に、塵旋風と同じメカニズムの蒸気旋風が生じることがある。

砂塵などの渦の存在を可視化しているものが乏しい環境でも、対流が活発なときに塵旋風のような渦(dust devil-like vortices, DDV)が生じていることが研究で明らかになっている。主にセンサーの観測によるが、湖の上に霧があってこれが視認できる例もあるという[5]

被害[編集]

塵旋風がテントを吹き飛ばすなどの被害は時々生じるが、その程度は竜巻ほど激しくない。稀に風速30メートル毎秒(m/s)前後(藤田スケールでF0 - F1相当)の強い塵旋風が発生することがある。

例えば、2009年9月に大分県日田市で塵旋風が発生した際、運動会のテントが飛散するなどした[6]。また、2011年3月には宮崎県宮崎市ビニールハウスが損壊する突風が発生し、目撃証言などから塵旋風による被害と推定されている[7]

火星の塵旋風[編集]

NASA / JPL "Spirit's Wind-Driven Traveler on Mars"
2005年5月15日(地球時間)、無人探査機スピリット火星で撮影した塵旋風。火星時間の正午頃、コロンビア・ヒルズ付近で発生した。この映像は連続撮影した静止画像21フレーム分を動画状に繋げたものである[8]

地球以外の惑星でも、気象条件が揃えば塵旋風が発生することが観測によって明らかになっている。

火星では地球よりも大きな塵旋風が生じる。この原因は、大気の熱容量が地球に比べ小さく対流が活発なためと考えられている[5]

報告例としては、アメリカ航空宇宙局(NASA)のジェット推進研究所(JPL)が担当する火星探査計画マーズ・エクスプロレーション・ローバーの無人探査機スピリットによる観測がある。

無人探査機スピリットは2003年に打ち上げられ、2004年に火星に着陸して様々な観測を開始、2005年以降に偶然であるが数回にわたって塵旋風の撮影に成功した。この中で最も鮮明に写っている右映像の塵旋風は、2005年5月15日(地球時間)に撮影され、NASAとJPLはこれを塵旋風と判断して2005年5月27日に公式サイトで公開した。この際のプレスリリース「風で移動する火星の旅人」(Wind-Driven Traveler on Mars)によると、この塵旋風はグセフ・クレーターの中にある丘陵コロンビア・ヒルズ付近で午前11時48分頃(火星時間)に発生し、約9分30秒間(静止画像21フレーム分)にわたって連続撮影されたものである。画像解析の結果、この塵旋風は最大直径が約34 mで、画面内の移動距離は約1.6 km、移動速度時速約17 kmだったという[8][9][10]

言葉[編集]

ニュースや天気予報などでは「塵」(じん)という漢字平仮名にして「じん旋風」と表記することもある。

英語ではdust devil(ダストデビル)と呼ばれ「埃の悪魔」という意味だが、「ダストワール」(Dust whirl)と呼ぶこともある。なお、ダストデビルよりも細長く渦巻いて立ち上るような場合は「ワールウィンド」(Whirlwind)と呼ばれ、ワール(Whirl)には「渦巻く」や「目眩」といった意味がある[11]。雪上などの別環境で発生する場合は「スノーデビル」(Snow devil)や「アッシュデビル」(Ash devil)や「スチームデビル」(Steam devil)と呼ばれる場合もある。

古くから「旋風」や「辻風」は気象現象のほか、比喩的な用法でも用いられてきた。気象現象を指す用法の古い例としては、平安時代歴史物語大鏡』に「俄(にはか)に辻風(つじかぜ)の吹きまつひて」などの記述がある。比喩的な用法の例としては、1909年夏目漱石が発表した小説それから』に「彼の頭には不安の旋風(つむじ)が吹き込んだ」などの記述がある[11]

以下、主に比喩的な用法を述べる。

比喩的な用例[編集]

比喩的な用法では、一過性の流行や突発的な社会現象などを喩えることが多い。ブームフィーバーといった外来語と同義の意味合いでマスメディアなどで用いられる。

赤嶺旋風
1947年プロ野球選手赤嶺昌志が他選手を巻き込んで集団辞任した様子を喩え、マスメディアで使用された。
小泉旋風
2001年首相小泉純一郎が率いる自民党選挙で圧勝した様子を喩え、マスメディアで使用された。

人名や題名での用例[編集]

同じく比喩的な用法であるが、登場人物の性格や物語の内容を象徴するイメージとして使用されることが多い。

辻風典馬
1935年から1939年にかけて、吉川英治が連載した小説「宮本武蔵」に登場する架空の人物の名前。読みは「つじかぜ・てんま」。
ハリスの旋風
1965年から1967年にかけて、ちばてつやが連載した漫画と、その後にテレビアニメ化された際のタイトル。読みは「はりすのかぜ」。

その他の用例[編集]

旋風葉
和装本漢籍製本方法で「折り本」(折本、帖装本)のことを指す。各葉(各ページ)が風で舞う様子を喩えて名付けられた。読みは「せんぷうよう」[12]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 対流により励起される渦という説が有力である。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 最新 気象の事典 1993, p. 237「塵旋風」(著者:石井幸男)
  2. ^ a b c d e f g h i 伊藤 & 藤原 2013, p. 63.
  3. ^ a b c d e 気象庁 2007, p. 65.
  4. ^ a b c d 気象庁 2007, p. 64.
  5. ^ a b 伊藤 & 藤原 2013, p. 64.
  6. ^ 日本風工学会風災害研究会「風災害 No.7 / 日本風工学会風災害研究会2009年次報告」 2010年3月15日付より。PDF資料。2011年7月14日閲覧。
  7. ^ 宮崎地方気象台「平成23年3月17日に宮崎市で発生した突風について / 気象庁機動調査班による現地調査の報告」 2011年3月18日付より。PDF資料。2011年10月23日閲覧。
  8. ^ a b NASA / JPL Press Release Images : Spirit "Spirit's Wind-Driven Traveler on Mars (Spirit Sol 486)" 27-May-2005 (2005年5月27日付、英語)より。本項目の画像として添付した、スピリットが火星で撮影した塵旋風についてのプレスリリース。文中ではダストデビル(Dust devil)が用いられている。なお、火星探査で用いられるソル(Sol)という単位は、火星の1日(地球と近い約24時間39分)を指し、その後に続く数字は滞在日数を指す。従って、Spirit Sol 486 とは「スピリット火星時間滞在486日目」という意味である。2011年7月14日閲覧。
  9. ^ NASA / NASA / JPL Press Release Images : Spirit "Dust Devils at Gusev, Sol 525" 19-Aug-2005 (2005年8月19日付、英語)より。2005年6月25日(地球時間)にスピリットが火星で撮影した塵旋風についてのプレスリリース。2011年7月14日閲覧。
  10. ^ NASA / NASA / JPL Press Release Images : Spirit "Dust Devils Whip By Spirit, Sol 1120" 12-April-2007 (2007年4月12日付、英語)より。2007年2月26日(地球時間)にスピリットが火星で撮影した塵旋風についてのプレスリリース。2011年7月14日閲覧。
  11. ^ a b インターネット百科事典ジャパンナレッジ」より、「デジタル大辞泉」(小学館・1998年)や「ランダムハウス英和大辞典 第2版」(小学館・1994年)などの該当項目から。2011年7月14日閲覧。
  12. ^ ヴァーチャル展示「和書のさまざま『第一部・本を形づくるもの』」 より。国文学研究資料館の整理閲覧部参考室による、旋風葉の解説。2011年7月14日閲覧。

参考文献[編集]

  • 和達清夫(監修)『最新 気象の事典』東京堂出版、1993年。ISBN 4-490-10328-X 
  • 日本気象学会 編『気象科学事典』東京書籍、1998年10月。ISBN 4-487-73137-2 
  • 気象観測の手引き』(2訂)気象庁、2007年12月https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kansoku_guide/hpc.html 
  • 伊藤純至、藤原忠誠「ダストデビル(塵旋風)」(pdf)『天気』第60巻第5号、日本気象学会、2013年5月、63-65頁。 

関連項目[編集]