及川三千代
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及川 三千代(おいかわ みちよ、本名:及川ウメ子 1939年3月19日 - 2014年4月5日)は日本の歌手である。
経歴
[編集]岩手県胆沢郡金ケ崎町出身。北上学園北上商業高等学校(現・専修大学北上高等学校)卒業。[1]
高校卒業後、民謡保存協会で民謡の指導を受け、全国民謡大会で浅草に出演中認められて昭和31年(1956年)にテイチク・レコードの専属となる。
デビュー当時は本名の及川ウメ子で活動していたが、1958年に及川三千代に改められた。
1962年12月31日、第13回NHK紅白歌合戦に初出場し、「愛と死のかたみ」を歌唱した。紅白での及川の歌唱中の写真が現存する。
1964年「夕日の波止場」(ポリドール)がヒット、及川の代表作となる。その後、「かえり船」「かえりの港」「別れの波止場」などをカバー。
1990年6月「ゆめ波止場」をリリースする。
ディスコグラフィ
[編集]テイチク時代<SP,シングル>
[編集]- 「(東北民謡)外山節/そんでこ節」 1956年6月新譜:C-3988(SP) 及川ウメ子名義。
- 「ドドサイ節」 1956年10月新譜:C-4031(SP) B面曲で、A面は「琉球節くずし(鈴木三重子)」 テイチク月報1956年10月号には、このレコードをデビュー盤としている。
- 「(流行民謡)花笠踊り」 1956年11月新譜:C-4038(SP) B面曲で、A面は「大漁唄い込み(鈴木三重子)」。
- 「紅花つみ唄」 1957年? 詳細不明 テイチク月報1957年4月号には、既発曲として紹介されている。
- 「(流行民謡)もみすり唄」 1957年4月新譜:G-7789(グローリー盤)[3] B面は「山形盆唄(中沢銀司)」。
- 「わたしゃ峠の金時椿」 1957年5月新譜:G-7790(グローリー盤) B面曲で、A面は「恋舟唄(菅原ツヅ子)」。
- 「むすめ月夜踊り」 1957年6月新譜?:C-4081(SP) 中沢銀司とのデュエット曲。B面曲で、A面は「トロント踊り(鈴木三重子)」。
- 「サテ、なんとしよう」 1957年7月新譜:C-4084(SP) B面曲で、A面は「メノコ船頭さん(三波春夫)」 ちなみにこれは三波春夫のデビュー盤である。(チャンチキおけさは第2弾:C-4091)
- 「あねコ馬子唄」 1957年8月新譜:C-4099(SP) B面曲で、A面は「若い旅笠(白根一男)」。
- 「峠の姉弟」 1957年10月新譜:C-4120(SP) B面曲で、A面は「波風まかせ(島久夫)」。
- 「ひとめ逢うまで」 1958年1月新譜:C-4136(SP) このレコードより及川三千代名義となる。B面曲でA面は「おけさ鴉(三波春夫)」。
- 「相撲けん/甚次郎さん」 1958年3月新譜:C-4150(SP) A面は、中沢銀司とのデュエット曲。
- 「鳥追ながれ唄」 1958年5月臨発:C-4161(SP) B面曲で、A面は「旅笠道中(三波春夫)」。
- 「恋の笹山峠」 1958年9月新譜:C-4198(SP) B面曲で、A面は「ソーラン囃子(鈴木三重子)」。
- 「伊豆の夜船」 1959年1月15日発売:C-4237(SP) B面曲で、A面は「東海道は日本晴れ(白根一男)」。
- 「おぽろ月小唄」 1959年2月10日発売:C-4246(SP),NS-81(45) 三波春夫とのデュエット曲。B面曲で、A面は「花唄街道(三波春夫)」。
- 「北海盆唄」 1959年3月10日発売:C-4257(SP),NS-90(45) B面曲で、A面は「花笠踊り(三波春夫)」。
日本グラモフォン(ポリドール)時代 <シングル>
[編集]- 「忘れんぼマドロス」 1959年8月新譜:DJ-1020(45),J-1018(SP) B面は「夜風さんツン(江波孝也)」。
- 「わびすけ椿」 1959年8月20日発売:DJ-1022(45、この曲以降はSPの発売なし) B面曲で、A面は「泣くこたあないさ(大関進)」。
- 「お嫁に行くなら好きな人」 1959年9月20日発売:DJ-1029 B面は「どんぐり峠(鹿島幸治)」。
- 「伊豆むすめ」 1959年10月20日発売:DJ-1032 B面は「初恋無情(大関進)」。
- 「早くお嫁に行きたいなあ」 1959年12月新譜(1959.11.20):DJ-1037 B面は「こっちを向きなよ幸福さん(鹿島幸治」)。
- 「垣根」 1959年12月10日発売:DJ-1043 B面曲で、A面は「お蔦白梅(高城丈二)」。
- 「さよなら峠のお地蔵さん」 1960年2月新譜:DJ-1051 B面曲で、A面は「夕焼け太鼓(鹿島幸治)」。
- 「青い樹氷」 1960年2月20日発売:DJ-1056 B面は「別れ峠(江波孝也)」。
- 「お茶漬け娘」 1960年4月新譜:DJ-1063 B面曲で、A面は「坊んち泣くなよ(高城丈二)」。
- 「伊豆は夕焼け」 1960年4月20日発売:DJ-1068 B面曲で、A面は「海の暴れん坊(鹿島幸治)」。
- 「想い出が泣いている」 1960年6月新譜:DJ-1072 B面曲で、A面は「ああ、草枕(鹿島幸治)」。
- 「すずらんの航空便」 1960年7月新譜:DJ-1077 B面は「峠の風っ子(鹿島幸治)」。
- 「追憶(おもいで)の白いヨット」 1960年8月新譜:DJ-1083 B面は「張り切りマドロス(江波孝也)」。
- 「旅人」 1960年8月20日発売:DJ-1085 B面曲で、A面は「一人の接吻(大関進)」。
- 「銀木犀物語」 1960年10月新譜(1960.9.20):DJ-1090 B面は「サヨナラ云っちゃった(高城丈二)」。
- 「泣き虫風ッ子」 1960年10月20日新譜:DJ-1096 B面曲で、A面は「無法一代(鹿島幸治)」。
- 「親なしっ子」 1960年12月新譜:DJ-1101 B面は「嘘つき東京(江波孝也)」。
- 「汐汲物語(安寿と厨子王)/お別れ郵便」 1960年12月10日発売:DJ-1105
- 「心は遠いあの人に」 1961年2月20日発売:DJ-1118 B面曲で、A面は「あゝ城山(鹿島幸治)」。
- 「旅のつばくろ」 1961年3月20日発売:DJ-1121 B面は「出船の唄(江波孝也)」。
- 「明治一代女」 1961年2月10日臨発:DJ-1125 B面曲で、A面は「妻恋道中(鹿島幸治)」。
- 「おとぼけジョー(日活映画「早射ち野郎」挿入歌)」 1961年4月5日臨発:DJ-1133 宍戸錠とのデュエット。B面曲で、A面は「黒い馬に跨る男(日活映画「早射ち野郎]」主題歌)(宍戸錠)」。
- 「江差船唄/夕焼け子守唄」 1961年7月新譜(1961.6.20):DJ-1134
- 「ドドンパ炭坑節」 1961年7月新譜(1961.6.20):DJ-1137 B面は「どんぱんドドンパ(江波孝也)」。
- 「船は着いても」 1961年7月20日発売:DJ-1142 B面は「おとこ船唄(鹿島幸治)」。
- 「お菊旅しぐれ」 1961年9月20日発売:DJ-1160 B面曲で、A面は「浅太郎月夜旅(鹿島幸治)」。
- 「浅草むすめ/籠の鳥」 1961年9月20日発売:DJ-1164
- 「山子唄/新相馬節」 1961年10月20日発売:DJ-1172
- 「おばこ吹雪き/女さすらい鳥」 1961年11月20日発売:DJ-1177
- 「九段の母/ほんとにほんとに御苦労ね」 1962年3月1日発売:DJ-1200
- 「むらさき子唄」 1962年4月20日発売:DJ-1211 B面は「野崎小唄(江波孝也)」。
- 「旅のほろほろ鳥/白樺の別れ」 1962年6月新譜(1962.5.20):DJ-1220
- 「愛と死のかたみ/この生命ある限り」 1962年7月20日発売:DJ-1250 A面は日活映画「愛と死のかたみ」の主題歌。[4]
- 「東京駅物語/星になっちゃった人」 1962年12月新譜:DJ-1272
- 「汽笛が鳴ります/母に捧ぐ唄」 1963年2月新譜:DJ-1290
- 「ふるさと日本」 1963年3月新譜:DJ-1302 及川と大木伸夫のデュエット B面は「東京踊り(大木伸夫と司富子)
- 「涙の裏町/人生無情」 1963年4月新譜:DJ-1312
- 「この恋に生きる/伊豆のむすめ」 1963年5月新譜:DJ-1333
- 「旅ごころ/傷心のうた」 1963年6月新譜:DJ-1337
- 「波浮の夕月/月夜ちどり」 1963年8月新譜:DJ-1358
- 「東京の裏町/なみだ椿」 1963年10月新譜:DJ-1384
- 「湯の町椿/下田の雨」 1963年11月新譜:DJ-1395
- 「女の旅路/愛すること」 1964年1月新譜:DJ-1417
- 「女のうた/伊豆の舟唄」 1964年4月新譜:DJ-1434
- 「こころに太陽を/高原の花」 1964年6月新譜(1964.5.20):DJ-1456[5]
- 「夕日の波止場/港の子守唄」 1964年7月20日:SDR-1011(このシングルよりステレオ盤になる)
- 「女が酒を飲んでなぜ悪い/裏町の女」 1964年10月新譜:SDR-1029
- 「長崎哀歌/波止場の女」 1964年12月新譜:SDR-1048
- 「泣いてもいいの 死んでもいいの/靖国の再会」 1965年2月新譜(1965.1.20):SDR-1062
- 「哀愁の港町/傷だらけの女たち」 1965年4月新譜:SDR-1078
- 「私のような女でも/私なんて」 1965年4月5日発売:SDR-1083
- 「ひなげし小唄/女の波止場」 1965年5月25日臨発:SDR-1113
- 「裏町哀歌/どん底劇場」 1965年6月5日発売:SDR-1108[6]
- 「霧笛に泣く女/あなたは船乗り渡り鳥」 1965年8月5日発売:SDR-1125
- 「港町慕情/暗い波止場」 1965年10月5日発売:SDR-1143
- 「こぼれ灯/慕情の海峡」 1965年11月5日発売:SDR-1151
- 「流転の花/裏町郵便」 1966年2月5日発売:SDR-1165
- 「裏町春秋/泣き虫人生」 1966年4月5日発売:SDR-1181
- 「土砂降り波止場/去年の今日は…」 1966年6月5日発売:SDR-1205
- 「やさぐれブルース/さすらい無情」 発売中止:SDR-1218 [7]
- 「うらぶれのブルース/さすらい無情」 1966年10月5日発売:SDR-1218[8]
- 「おどろき小唄/愛して愛して愛してネ」 1967年3月1日臨発:SDR-1257
- 「渡り鳥悲歌(エレジー)/恋を棄てた女」 1967年5月5日発売:SDR-1253
- 「赤い爪の純情/波止場の涙」 1967年9月5日発売:SDR-1294
- 「唇かんで/あんたってバカね」 1968年2月5日発売:SDR-1325
- 「いのちの波止場/嘘でもよかった」 1968年6月5日発売:SDR-1351
- 「北の町みなと町/女の涙」 1969年6月5日発売:SDR-1439[9]
- 「夕日の波止場/港の子守唄」 1970年8月1日発売:DR-1540[10][11][12]
- 「色目のうた/港町サヨウナラ」 1971年1月15日発売:DR-1581
- 「港あおもり/小雨の港」 1971年10月1日発売:DR-1641 ポリドール(株)からの発売。[13]
- 「涙の終列車/夜更けの電話」 1974年10月新譜(1974.9.21):DR-1887
- 「夕日の波止場/涙の終列車」 1976年12月1日:DRQ-6910
日本グラモフォン(ポリドール)時代 <LP>
[編集]- 「及川三千代こころの歌」 1963年6月新譜:LPJ-119(25cm モノラル)
- 「及川三千代民謡集(北海道,東北篇)」 1964年12月新譜:SMN-1007(30cm ステレオ)
- 「夕日の波止場(及川三千代ヒット曲集)」 1965年6月5日発売:SLJM-1176(30cm ステレオ)
- 「及川三千代民謡集(第2集)」 1966年1月15日発売:SMN-1012
- 「夕日の波止場」 1971年12月新譜:MR-2205
日本グラモフォン(ポリドール)時代 <コンパクト>
[編集]- 「夕日の波止場」(夕日の波止場/霧笛に泣く女/ひなげし小唄/裏町哀歌) 1966年9月5日発売:SKR-1014(17cm ステレオ)
- 「日本民謡集」(///おこさ節) 1967年3月5日発売:SKN-1002(17cm ステレオ)
- 「日本民謡集」(/真室川音頭//) 1967年3月5日発売:SKN-1003
- 「日本民謡集」(//佐渡おけさ/三階節) 1967年3月5日発売:SKN-1005
- 「日本民謡集」(//ちゃっきり節/) 1967年3月5日発売:SKN-1006
- 「日本民謡集」(//郡上節/) 1967年3月5日発売:SKN-1007
- 「日本民謡集」(/よさこい節//) 1967年3月5日発売:SKN-1008
紅白歌合戦出場歴
[編集]- 1962年 第13回「愛と死のかたみ」
脚注
[編集]- ^ 「テイチク・ニュー・スターのご紹介(月報1957年4月号)」によると、黒沢尻女子高校卒業、と記されている。
- ^ 追悼 : 及川 三千代さん 胆江日日新聞 2014年4月7日閲覧
- ^ テイチク・グローリー盤。78回転だが、材質とサイズはドーナツ盤とほぼ同じ。恐らく電蓄での再生を想定していたものと思われる。
- ^ このシングルより、定価が ¥290 に改訂された。(改訂前は ¥300)
- ^ 1964年6月新譜より、POLYDORのレーベル・ロゴが変更された。
- ^ このシングルより、定価が ¥330 に改訂された。(改訂前は ¥300)
- ^ このシングルは1966年8月5日発売としてグラモフォンの月報1966年9月号に掲載されたが、同10月号にて発売中止が案内されている。
- ^ レコード番号とカップリング曲は、発売中止になった「やさぐれブルース」と同じである。タイトル変更のみなのか、その他にも違いがあるのかは不明。
- ^ 定価が ¥370 に改訂された。及川のシングルとしてはここからだが、改訂そのものは1968年7月1日からである。
- ^ SDR-1011の新装再発売。グラモフォン月報1970年9月号には「確実に売れているため、ここでもう一度プッシュする」旨のコメントが記されている。
- ^ 定価が ¥400 に改訂された。及川のシングルとしてはここからだが、改訂そのものは1970年2月1日からである。
- ^ レコード番号の規格部分が SDR から DR に改訂された。及川のシングルとしてはここからだが、改訂そのものは1969年11月新譜からである。
- ^ 日本グラモフォン(株)からポリドール(株)への社名変更は、1972年10月1日