南部正司
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基本情報 | ||||
国籍 | 日本 | |||
生年月日 | 1967年8月6日(57歳) | |||
出身地 | 大阪府大阪市 | |||
ラテン文字 | Masashi Nambu | |||
身長 | 186cm | |||
選手情報 | ||||
所属 | パナソニックパンサーズ | |||
役職 | 部長 | |||
ポジション | レフト[1] |
南部 正司(なんぶ まさし、1967年8月6日 - )は、日本の元バレーボール選手、指導者。
人物
[編集]大阪府大阪市出身。大阪商業大学附属高等学校、大阪商業大学を卒業し、1990年に日新製鋼入社。日新製鋼男子バレー部では高校の先輩でもある柳本晶一が監督を務めており、柳本の下で鍛え上げられた[1]。
1986年の第3回アジアジュニアバレーボール選手権(タイ)、1987年の第4回バレーボール男子ジュニア世界選手権(バーレーン)、1991年の第16回ユニバーシアード大会(イギリス)にそれぞれ日本代表に選出されて出場している[2]。また日本男子代表として1995年バレーボール・ワールドリーグに出場した[2]。
1997年に日新製鋼ドルフィンズが解散したため、松下電器・パナソニックパンサーズへ移籍。2001年のシーズンまで現役としてプレーした後、バレーボール指導者へ転身して2002年からパンサーズのコーチやマネージャーを務めた[3]。
プレミアリーグ 2007/08シーズンからパンサーズ監督に就任。就任1年目の新人監督としてプレミアリーグ優勝を果たし、同年には第57回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会も制覇[1]、その翌年のプレミアリーグ2008/09シーズンも連覇し、同年のアジアクラブ男子選手権(中国・鎮江市)で3位に入った。2012年にはプレミアリーグ2011/12、第61回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会、平成24年度天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会の三冠制覇を果たしている。
2014年2月6日、ゲーリー・サトウの後を受けてバレーボール日本男子代表監督に就任することとなった[2][3]。プレミア監督としての実績、ブラジルバレーの知識、飽くなき向上心などが評価されての抜擢だった[4]。尚、プレミアリーグ 2013/14シーズン及び2014年黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会が終了するまではパンサーズの指揮を執り、2014年5月から代表監督に専念することとなった[5]。
2016年10月、続投を視野に中垣内祐一と荻野正二と共に日本バレーボール協会の面接を受けたが[6][7][8]、バレーボール日本男子代表監督を退任(後任は中垣内が選出された)[9]。
2023年現在は日本バレーボール協会男子強化委員会委員長を務める[10]。
所属チーム
[編集]選手
[編集]- 日新製鋼 (1990-1997年)
- 松下電器・パナソニックパンサーズ (1997-2002年)
指導者
[編集]- パナソニックパンサーズ コーチ(2005-2007年)
- パナソニックパンサーズ 監督(2007-2014年)
- バレーボール全日本男子代表 監督(2014-2016年)
脚注
[編集]- ^ a b c 『ひと - 南部正司さん』 毎日新聞朝刊 2008年5月9日付
- ^ a b c 全日本男子チーム監督交代を決定 新監督には南部正司氏が就任 日本バレーボール協会 プレスリリース 2014年2月6日閲覧
- ^ a b 全日本男子チーム新監督に南部正司(現監督)内定発表 パナソニック・パンサーズ お知らせ 2014年2月6日付
- ^ 南部正司氏、全日本男子監督就任記者会見 - バレーボールマガジン
- ^ 【バレー】男子代表監督に南部正司氏「何が何でもリオ五輪」 スポーツ報知 2014年2月6日閲覧
- ^ 中垣内祐一、中田久美が抱負を語る全日本バレー男女代表監督 就任会見 - スポーツナビ、2016年10月26日
- ^ 中垣内氏が新監督 過去に不倫疑惑も東京五輪へ期待 - 日刊スポーツ、2016年10月26日
- ^ バレーボール代表監督 女子・中田氏、男子・中垣内氏を選出 - 東京新聞、2016年10月26日 朝刊
- ^ “中垣内氏、男子監督就任へ=元日本代表のエース-バレーボール”. 時事通信 2016年10月24日閲覧。
- ^ “事業本部部員・委員会委員名簿”. 公益財団法人 日本バレーボール協会 (2023年9月23日). 2023年10月22日閲覧。
外部リンク
[編集]- 監督からのメッセージ パナソニック・パンサーズオフィシャルサイト