リケーブル
リケーブルとは、オーディオ機器のうち、ヘッドフォン・イヤフォンにおいて、音質改善効果を狙って、元から付いているケーブルを取り外して別のケーブルに取り替えることをいう[1]。
なお、据え置きオーディオ機器の場合は、スピーカーケーブルやラインケーブルは最初から普通に取り替えでき、リケーブルという呼び方はされない[1]。
概要[編集]
他のオーディオ機器と同様、信号線をグレードアップすることにより、音質改善・向上を狙ったものである。なお、イヤフォン・ヘッドフォン側のコネクターや機器側のコネクターは様々なタイプがあり、主なブランドのケーブルは同じ線種の製品でもコネクター別に複数用意される。
歴史[編集]
従来のヘッドフォン・イヤフォンは本体覆いとケーブルは直付けされているものがほとんどで、音質改善を目的としてケーブルを取替えすることは想定されていなかった。(一部製品で、断線等による補修目的でケーブルを取替えできるものは存在した)
しかし、2000年代後半以降の実売数万円を超えるような高価格ヘッドフォン・イヤフォンが多く出回るようになり、さらにケーブルを取り外すことのできるヘッドフォン・イヤフォンの種類が多くなってきたことで、2011年ごろから「リケーブル」の単語および概念が認識されるようになってきた[1]。
アルティメット・イヤーズのSuper.fi 5 Proや10 Proなどは2006年の発売当初からケーブルの取外しができるようになっていた。これらは純正ケーブルを別のものに交換することによって飛躍的に音質向上を図ることができるため、[2]当初はDIYでケーブルの自作を行う者が現れた。当初は電子部品工作用のコンタクトピン等で代用された。後にNull Audioなどのメーカーからリケーブル製品完成品や接続端子部品が市場に出回るようになった。
2010年代以前からカスタムIEMは当初から複数のメーカーで共通の2ピンタイプのコネクターが標準となっていた。ウェストン、アルティメット・イヤーズなどIEMを製造するメーカーが2ピンタイプのコネクターでケーブル接続できる製品を投入してきた。
2011年にShureが本来はオーディオ用規格ではないMMCX端子を覆い・ケーブル間のコネクターとして採用した製品を投入した。それを期に、他のイヤフォンメーカーからもMMCX端子によるリケーブル対応製品が多く投入されるようになった。しばらくすると他社からリケーブル製品が数多く発売されるようになり、2015年以降、さまざまなメーカー・ブランドの製品が出回っている。
リケーブルの規格[編集]
- アルティメットイヤーズ用2ピン端子
- Super.fi 10 Proや5 Pro、3 Studio等で採用された。UE900以降はMMCXに移行したため、採用製品の種類は少ない。
- カスタムIEM向け2ピンとは微妙にピン太さやピッチが異なり、左側と右側で信号線とグラウンド線の向きが異なる。
- アルティメットイヤーズ IPXコネクタ
- 2018年4月以降のUE社製品に採用されている。
- カスタムIEM向け2ピン端子
- 初期のカスタムIEM製品に多く採用されており、その流れでユニバーサルIEM製品にも採用されている。
- 採用メーカー:ウェストン(初期)、JH audio(初期)、Heir Audio、Noble Audio、Earsonics、1964ears、Unique Melodyなど多数
- MMCX
- mini-XLR
- ゼンハイザーHDシリーズ用
- HD650用 - HD660S/HD600/HD580/HD565/HD545/HD535 などに対応
- HD800用 - HD800S/HD820 などに対応
- エティモティック・リサーチER-4シリーズ用
- JH audio用
- オーディオテクニカ A2DCコネクター
- 日本ディックス製 Pentaconn ear
- 採用メーカー:ゼンハイザー、アコースチューンなど
- その他
ヘッドフォン・イヤフォンプラグ側[編集]
ヘッドフォン・イヤフォンを接続する機器側は、通常は3極TRSコネクタを用いられているが、一部機器で回路の接地が左右分離されたものは(いわゆる「バランス接続」に対応した)XLRコネクタや4極TRRSコネクタなどが用いられており、リケーブルすることによってそれぞれのコネクタに対応した機器に接続できるようになるメリットがある。バランス接続対応製品にリケーブルするメリットとしては接地を左右分離することによりチャンネルセパレーションが向上し、音場感の表現が向上することにある[5]。
- 6.3mm3極ステレオプラグ
- 4.4mm5極バランス接続プラグ
- 3.5mm3極ステレオプラグ
- 2.5mm4極バランス接続プラグ
- 2.5mm2極プラグ×2
- 左右別々となる。
- XLR 3極
- ステレオの場合、左右別々となる。
- XLR 4極
- IRIS角型4極コネクター
- ごく一部の機器で採用されている。
- その他
ケーブルの種類[編集]
構造[編集]
アナログケーブルでは導体に流れるアナログ信号のうち高い周波数成分ほど外周側に偏って流れる表皮効果が起き、流れるために使えうる導体部分が少なくなるため、高い周波数成分は低い周波数成分に比べて電気抵抗が強くなって減衰する。そのため、アナログケーブルではこの問題をどうにかするために対策が行われている(ケーブル外でのイコライザーによる減衰の補正もある)。
例えば信号線毎に単体の導体(「単線」)を使ったケーブルでは、導体が太いほど電気抵抗が小さくなるものの、導体が太いほど前述の表皮効果による周波数間での抵抗の違いは大きくなる。単線ケーブルではこの問題を軽減するためか表皮近くだけより伝導率の高い導体をコーティングしたケーブルも存在する[9]。また単線ケーブルでは導体同士の近接効果によって高い周波数成分ほど近隣導体の磁場から離れた側を流れるようになり、それによって発生する損失も大きいとされる[10]。
単線以外では、信号線毎に複数の導体を用いて高い周波数を流しやすくした「撚り線」が存在する。撚り線ではそのままだと導体全体に表皮効果が発生するため、それぞれの導体をエナメルで被覆して表皮効果を抑制した「リッツ線」が良く使われている。リッツ線では表皮効果だけでなく近接効果も抑制される[10][11]一方、新たに循環電流が問題となる[12]。そのためリッツ線では導体の各ストランドを適切に転置して長さと直流抵抗を揃えることで循環電流を抑制することが行われている[10]。
また複数の太さの導体を組み合わせて撚ったものも存在する(ヴァリストランド・カッパー[13]、3E撚り[13]など)。
なおケーブルではインダクタンスによって誘導リアクタンスが生じ、高周波に減衰と共に位相シフトが発生する[14]。特に導体の間隔の広いケーブルは相互インダクタンスが大きくなり位相シフトも大きくなるとされる[14]。なお前述の表皮効果でも高調波の減衰が起きるものの、表皮効果の方は逆に位相シフトを減少させるとされる[14]。
その他、ハムノイズや混入ノイズ対策では金属シールドを設けて同軸ケーブルのようにシールドケーブルにしたものが存在する。またケーブルにはノイズに弱いアンバランスケーブルとノイズに強いバランスケーブルが存在するが、それぞれプラグも異なっており後者は対応機器が必須となる。
またケーブルでは音質だけでなく取り回しの良さなどの使いやすさや、壊れにくさも重要となる。無線でリケーブルできる首掛け・耳掛けデバイスも登場している[15][16]。
素材[編集]
導体[編集]
導体素材 | 電気抵抗率 [Ω・m] |
---|---|
グラフェン | ? |
銀 (Ag) | 1.59 ×10−8 |
銅 (Cu) | 1.69 ×10−8 |
アナログケーブルの導体の素材では電気抵抗の低いグラフェンや銀、銅などが使われている。
またアナログケーブルに使われる銅や銀では純度の高い銅や銀が用いられている。例えば銅では無酸素銅 (OFC)[17]や高純度無酸素銅 (OCC; 加熱鋳型式連続鋳造法による) が存在する。純度の単位はNで表され、4Nは純度99.99%、5Nは純度99.999%を意味し、銅では6N・7N・8N相当のものまで存在する。しかしながら純度の高い銅よりも銀メッキ銅や純銀を導体としたケーブルの方が導電性は上とされる[14]。なお銀でも純度の高いものが存在する。
また銅では線形結晶のもの(LC-OFC)や単結晶のもの(PC-OCC[18][17])、特殊な加工を施したPC-Triple C[18][17]なども存在する。また導体がクライオ処理(超低温処理)されていることを謳うケーブルも存在する[19]。
絶縁体[編集]
絶縁素材 | 比誘電率 |
---|---|
シルク(絹) | 1.3〜2.0[20][21] |
ポリテトラフルオロエチレン (PTFE) | 2.1[14] |
ポリエチレン | 2.2~2.4[20][21] |
ポリ塩化ビニル (PVC) | 〜8.0[14][21] |
アナログケーブルにおける絶縁体は導体同士の短絡を防ぐために使われている[14]が、導体が絶縁体に挟まれることによってケーブルは静電容量を持つようになり、コンデンサとなって信号を濁らせてしまうとされる[14][22][14]。この静電容量の問題は特に多数の導体をそれぞれ絶縁しているケーブルにおいて影響が大きいとされる[14]。
ケーブルの形状では一般的にインダクタンスを減らすために絶縁体を薄くして導体同士の間隔を狭めると電界強度が高まり絶縁体の静電容量が増加するとされる[14]。
ケーブルの静電容量は絶縁体の誘電率と正の相関にある[14]。誘電率の低い素材にはポリテトラフルオロエチレン(PTFE、テフロンとして知られる)や低密度ポリエチレン (LDPE) が存在する[14]。また絶縁体に誘電率の低いシルク(絹)を使ったケーブルも登場している[23]。しかしながらオーディオメーカーのQEDによれば2019年時点のオーディオケーブルではまだ絶縁体に誘電率の高いポリ塩化ビニル (PVC) を使ったものが一般的になっているとされる[14]。
QEDによればこのオーディオケーブルの絶縁体の素材や形状は導体の素材よりも重要だとされる[14]。
はんだ[編集]
アナログケーブルにおけるはんだはプラグと導体のろう接(はんだ付け)に使われている[9]。そのため音響用(オーディオグレード)のハンダも存在する。一般的にハンダは錫が中心となっているが、音響用ハンダでは高い純度の錫を使ったり、銀や銅を多く配合して導電性を高めているものがある[24]。
主なリケーブルメーカー・ブランド[編集]
2016年時点
- ALO audio
- BEAT AUDIO
- Bispa
- Effect Audio
- estron
- Labkable
- NOBUNAGA Labs
- Null Audio
- onso
- SAEC
- Song's-Audio
- ZEPHONE
など
脚注[編集]
- ^ a b c “【第90回】「リケーブル」徹底解説! 基礎知識から選び方、聴き比べまで濃密レポート - Phile-web”. 音元出版 (2014年6月30日). 2016年6月30日閲覧。
- ^ 【BARKS編集部レビュー】UE TF10のリケーブル、Fiioとオヤイデ、どちらがいい?(2011年11月25日 BARKS)
- ^ 【レビュー】BAイヤフォン到達点!? “神様”が手掛けた12ドライバ「Roxanne Universal Fit」を聴く - AV Watch(2014年7月8日 インプレス)
- ^ AK×JH Audio新たな最高峰イヤフォン「Layla AION」。12ドライバで45%軽量化 - AV Watch (2019年8月8日 インプレス)
- ^ ポータブルオーディオにも広がる「バランス駆動」って?――仕組みや端子の種類をまとめてみた - ITmedia LifeStyle(2015年5月16日 ITmedia)
- ^ ヘッドホンのバランス端子がついに統一? JEITAが規格化「5極φ4.4mmプラグ」の詳細を聞く(2016年4月25日付 音元出版)
- ^ P-2.5/4G 【2.5mm4極プラグ】 - オヤイデ店舗 オリジナル商品・限定商品(小柳出電気商会、2016年7月1日閲覧)
- ^ 【レビュー】イヤホンのバランス接続は本当に効果があるのか試してみた - 旧<ヘッドバンク(2015年12月15日付 株式会社HEDGEHOG STUDIO)
- ^ a b 【第90回】「リケーブル」徹底解説! 基礎知識から選び方、聴き比べまで濃密レポート p.4 PHILE WEB 2014年6月30日
- ^ a b c Using Litz Wire in Maxwell 2D and 3D Simulations ANSYS
- ^ リッツ線 SWCC
- ^ 電気機器の3次元トポロジー最適化および解析に関する研究 pp.60 大友佳嗣 2020年
- ^ a b 【2024年】スピーカーケーブルのおすすめ15選 音質の良いケーブルを紹介 ビックカメラ 2024年1月26日
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o The Genesis Report QED
- ^ 【第219回】そのイヤホン、Bluetooth対応にできます!タイプ別 BTリケーブル&レシーバー紹介 PHILE WEB 2018年11月17日
- ^ 好みのイヤホンを完全ワイヤレス化! いま熱い「TWSリケーブル」2製品を試す - 価格.comマガジン 価格.com 2020年8月22日
- ^ a b c 【第90回】「リケーブル」徹底解説! 基礎知識から選び方、聴き比べまで濃密レポート p.3 PHILE WEB 2014年6月30日
- ^ a b オーディオ界注目の新素材「PC-Triple C」とは何か? Impress 2024年1月23日
- ^ ALO audio、クライオ/アニール処理を施したポータブル用ステレオミニケーブル刷新 Impress 2017年11月16日
- ^ a b 比誘電率と推奨感度表 関西オートメーション
- ^ a b c 比誘電率表 Y.E.I.
- ^ Why Audio Cables Sound Different Audio Resurgence 2019年9月
- ^ オーディオテクニカ、車載用スピーカーケーブルの最高級モデル発売へ 2万2000円/1m 価格.com 2018年11月15日
- ^ オヤイデ、無鉛銀はんだの極細バージョン。イヤフォンのリケーブルなどに Impress 2016年7月1日