コンテンツにスキップ

独立国家共同体

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
CIS諸国から転送)
独立国家共同体(CIS)

Содружество Независимых Государств
Commonwealth of Independent Statesの国旗
CISの旗
CISの標章 of Commonwealth of Independent States
CISの標章
本部所在地 ミンスク
モスクワ
最大都市 モスクワ
公用語 ロシア語
形態 国家連合
加盟
指導者
• 執行書記
セルゲイ・レベジェフ
立法府 CIS執行委員会
CIS議会間総会[1]
設立
1991年12月8日
1991年12月21日
1991年12月25日
• CIS憲章
1993年1月22日
• CIS自由貿易地域の創設
2012年9月20日
面積
• 合計
20,368,759 km2 (7,864,422 sq mi)
人口
• 2017年の推計
239,796,010
• 人口密度
11.77/km2 (30.5/sq mi)
GDP (PPP) 2016 estimate
• 合計
US$5.429兆
• 一人当り
US$19,238
GDP (名目) 2013 推計
• 合計
US$2.808兆
• 一人当り
US$10,113
HDI (2015) 0.734
high
通貨
時間帯 UTC+2 to +12
道路
インターネットTLD .su a
ウェブサイト
CIS.Minsk.by
a De facto use across the CIS

独立国家共同体(どくりつこっかきょうどうたい、: Содружество Независимых Государств, 略称: СНГ: Commonwealth of Independent States, 略称: CIS)は、ソビエト連邦解体を目論み結成された国家連合である[2][3]。本部はミンスクにある[4]

バルト三国を除く全てのソビエト連邦構成国が「参加[注 1]」したが、ジョージアが2009年に、ウクライナが2018年に脱退した[4][5]。また、トルクメニスタンが2005年12月に国連から永世中立国を承認された事で「準加盟国」へ転じた。2023年10月現在での参加国は、加盟国のロシアベラルーシモルドバウズベキスタンカザフスタンキルギスタジキスタンアゼルバイジャンおよびアルメニアと准加盟国のトルクメニスタンの10か国である[6]

沿革

[編集]
  CSTO加盟国
  GUAM加盟国
  その他の加盟国

前史

[編集]

ソビエト連邦が1980年代後半から機能不全を起こし急速に弱体化が進む中、ソビエト連邦共産党書記長(最高指導者)のミハイル・ゴルバチョフは連邦を構成する各共和国に大幅に権限を委譲する新連邦条約1991年8月20日に調印する予定であったが、その前日の8月19日、これに反対する国家非常事態委員会によるクーデターが勃発することでいったん調印は見送られた。このクーデターは数日で鎮圧され、復帰したゴルバチョフは新連邦条約の締結を再度めざしたものの、ソ連政府の威信低下はもはや明らかであり、各共和国でも完全独立論が台頭するようになった。それでも11月にはいくつかの共和国が条約に調印し、「主権国家連邦」の発足が決定したものの、有力共和国の一つであるウクライナ・ソビエト社会主義共和国が12月に国民投票を行い、90%以上の賛成を得て完全独立を決定すると、ソ連の崩壊は決定的となった[7]

創設

[編集]

上記のウクライナ国民投票の結果を受けて、1991年12月8日ロシア連邦大統領ボリス・エリツィンウクライナの大統領レオニード・クラフチュクベラルーシ最高会議議長スタニスラフ・シュシケビッチは、ベラルーシのベロヴェーシの森で、ソビエト社会主義共和国連邦の消滅と独立国家共同体(CIS)の創立を宣言した(ベロヴェーシ合意)。続いて12月21日、カザフスタンでの首脳会議にグルジア(ジョージア)を除く8か国も参加してアルマトイ宣言に合意した[8]。これにより、加盟国を失ったソビエト連邦は12月25日に崩壊し、最初にして最後のソビエト連邦大統領となったゴルバチョフは辞任を表明した。

初期の活動

[編集]

ソビエト連邦の崩壊によって誕生したCISであるが、各新独立国の体制は整っておらず、軍事面および経済面において問題が噴出し、この調整を行うことがCISの最初の課題となった。

軍事面においては、CIS統一軍ロシア語版の創設を行うかが焦点となった。ロシアは各国による独自軍とCIS統一軍を併存させる考えを有しており、この構想には国力・経済力的に独自軍の整備が困難である中央アジア諸国が賛同していた。一方でウクライナは、ロシアとの間で黒海艦隊クリミアの帰属問題を抱え、独立を強く志向しており、この構想に反対であった。親ロシア派が支配する沿ドニエストル共和国の問題を抱えるモルドバアルメニアとのナゴルノ・カラバフ領土紛争を抱えるアゼルバイジャンが同調した。結局1992年5月にロシア連邦軍が創設され、同時に集団安全保障条約をロシア、アルメニア、中央アジア諸国が締結することで軍事的協力体制の構築が図られた[9]。こうした動きによってCIS統一軍は形骸化していき、1993年には消滅した[10][11]

CIS加盟各国および西側諸国にとって最大の懸案は、各地に置かれた膨大な軍事施設、特に核兵器とそれを遠方に撃ち込める弾道ミサイルの管理であった。1991年頃、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンに約1万2000発の長距離核、それら四ヶ国およびバルト三国を除く旧ソ連全域に約1万5000発の短距離核、併せて2万7000発の核弾頭が残されていたとされる[12]。特に核戦力がベラルーシ、ウクライナ、カザフスタンによって大量に保管されていたことは脅威であったが、CISによってロシアが一括管理することが取り決められた。カザフスタンにあった大陸間弾道ミサイル(ICBM)用核弾頭650発は1995年4月に撤去。ベラルーシは核弾頭18発を1995年末、ICBM18基を1996年に撤去。ウクライナにはICBM176基、戦略爆撃機46、核弾頭は実に1592発が存在していたが、第一次戦略兵器削減条約リスボン議定書に基づいて、全てロシアの管理下に置かれた。またソ連の宇宙開発の中心であった、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地はロシアがカザフスタンに使用料を支払って維持することとした。

また経済面においては、ルーブル圏の維持が焦点となった。独立当初はソビエト連邦ルーブルが全ての国で流通していたものの、各国に創設された中央銀行がそれぞれ異なった経済政策を取りながらルーブルを発行したため経済的混乱が起こった。そこで1992年10月、ロシア、ベラルーシ、アルメニア、カザフスタン、ウズベキスタンキルギスの各国が改めてルーブル圏を創設することを決定し、協定を結んだ。しかし混乱は収まらず、1993年7月にはロシアが1992年以前に発行された旧ルーブル紙幣の流通を停止し、これを受けてウクライナとキルギスは独自通貨へと移行した。1993年9月には新ルーブル圏創設協定がロシア、ベラルーシ、アルメニア、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタンによって調印されたものの、わずか2か月後の11月には破綻が明らかとなり、アルメニア、カザフスタン、ウズベキスタンが独自通貨へ移行して、ルーブル圏にはロシア、ベラルーシ、タジキスタンが残るのみとなった[13]

1992年バルセロナ夏季オリンピックアルベールヴィル冬季オリンピックにおいては、統一した選手団を送ることとした。ジョージアが当時はまだ加盟していなかったため、地域名はCISフランス語Communauté des États indépendants (CEI) も用いられず、英語のUnified Team にあたるフランス語のÉquipe Unifiée からEUNと表記された。日本のマスメディアでは、漢字名で「独立国家共同体」或いはCISと呼ばれたりしたが、事実上「旧ソ連統一チーム」として扱われた。その後、1994年に開催されたリレハンメルオリンピック以降は各国がそれぞれ代表団を送ることとなり、EUN選手団は消滅した。

1993年にはCIS憲章が制定され、この憲章を批准した国家がCISの加盟国として認められることとなった。この年にはそれまで反露・親欧米路線を主張してCISへの参加を拒否していたジョージアが、国内の南オセチアアブハジア問題を契機として加盟した[14]。一方で初期加盟国のうち、アゼルバイジャンの憲章批准はやや遅れ[15]、またトルクメニスタンとウクライナは憲章批准を拒否して正式加盟を見送った。

ユーラシア経済共同体(EurAsEC)と民主主義と経済発展の機構(GUAM)

[編集]

設立からしばらくはエリツィン政権下のロシアが安定しなかったこともあり、共同体としての連携は目立たず、その間に、新設国は概ね強大な権力を持った大統領が治める独裁国家となった。

1994年になると、それまで分離傾向が目立っていた加盟各国に統合の動きが現れ始めた。1996年にはベラルーシ、カザフスタン、ロシア、キルギスの4か国が統合強化条約を結んだ[16]

ジョージア、ウズベキスタン、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバはロシアから距離を置く政策を採り、ウズベキスタンを除く4か国は、ロシアに対抗して1997年にこれら諸国の頭文字を採ったGUAMを結成した[17]。この組織には1999年にウズベキスタンも参加し、GUUAMと呼ばれるようになったが、2005年にウズベキスタンは脱退し、残った4か国は2006年にこの組織を「GUAM 民主主義と経済発展のための機構」へと改称した。これらの国は、2006年7月のCIS首脳会談に欠席している。

これに対し、ベラルーシ、カザフスタン、タジキスタン、キルギス、アルメニアはロシアとの緊密な関係を保ち、アルメニアを除く5か国で2000年10月ユーラシア経済共同体(EurAsEC)を結成した。こうしてCIS内に、ロシアを中心とする統合派と、ウクライナやジョージアなどからなる反統合派の2つのグループが成立することとなった。

バラ革命、オレンジ革命、チューリップ革命

[編集]

2000年ウラジーミル・プーチンがロシア大統領となると、周辺国との連携を強化しようと試みるが、2001年アメリカ同時多発テロが発生したため、国内のテロ対策も踏まえ、対テロ戦争に同意してアフガニスタン戦争のため、アフガニスタンに近いウズベキスタン、タジキスタンへの米軍駐留を黙認したが、中央アジアでのアメリカの覇権が強まると考えられた。

プーチンは2003年イラク戦争には反対して米国と対立する。米国と西側諸国はイラクサッダーム・フセイン政権打倒を果たし、西欧のNGOなどと共にCIS域内の民主化勢力の支援を行った。この結果、ジョージア(バラ革命)、ウクライナ(オレンジ革命)、キルギス(チューリップ革命)で独裁政権が倒れて民主化が達成された。しかし、米軍が駐留していたウズベキスタンでは、市民運動が革命に繋がらずに失敗、その結果アメリカはウズベキスタンのイスラム・カリモフ大統領の怒りを買い、同国から米軍を撤収させることとなった。

トルクメニスタン永世中立国となっていたため、2005年に加盟国から準加盟国へ移行した[18]

ウクライナやジョージアは北大西洋条約機構(NATO)加盟の意思を表明しているが、実現していない。以前よりCISへの嫌悪を隠さなかったジョージアは、2008年8月の南オセチア問題をきっかけとしてCISからの脱退を表明した[19]。このときロシアは南オセチアに爆撃を開始したジョージアに対して住んでいるロシア人を守るためと称して爆撃・侵攻したが、CISはこれに対して声明を発せず、また各国も沈黙(賛成も反対もしない)を通している。

ロシアのウクライナ侵攻

[編集]

2022年2月24日、ロシアのプーチン政権はウクライナ全土への攻撃を始めた。対ウクライナ開戦後もCIS首脳会議を開催している。しかし「CIS諸国の大半はロシアによるウクライナ4州の併合宣言を認めていない」「ロシアと距離を置く動きが目立っており、求心力の低下が鮮明になっている」「CISの形骸化が進み、中国や米国と旧ソ連諸国の結びつきが一層強まる可能性が高い」などと日経新聞が報じた[18]

またウクライナの隣国であるモルドバでもCISからの分離が進んでおり、大統領であるマイア・サンドゥは今後モルドバでCIS首脳会議を開催しないことを表明した。またCIS議会間総会からの脱退手続き開始の文書作成が指示された。

機構

[編集]
  • 国家元首会議
  • 政府議長会議
  • 外務相会議
  • 国防相会議
  • 国境軍司令官会議
  • CIS議会間総会(Interparliamentary Assembly)
  • 経済裁判所

加盟国

[編集]
国名 CIS加盟 CISへの
加盟批准
CIS憲章
の批准
CISにおける
現在の状況
ユーラシア経済共同体
(EurAsEC)加盟
(CIS内経済統合派)
集団安全保障条約
(CSTO)加盟
(CIS内軍事統合派)
民主主義と経済発展の
ための機構
(GUAM)加盟
(CIS内軍事分離派)
中央アジア協力機構
(OCAC)加盟
 ベラルーシ 1991年
12月8日
1991年
12月10日
1994年
1月18日
創設時加盟国 加盟国
(2000年以降)
1993年12月31日 - -
ロシアの旗 ロシア 1991年
12月8日
1991年
12月12日
1993年
7月20日
創設時加盟国 創設時加盟国
(2000年以降)
1992年5月15日 - 加盟国
(2004年以降)
アルメニアの旗 アルメニア 1991年
12月21日
1992年
2月18日
1994年
3月16日
加盟国 オブザーバー
(2003年以降)
1992年5月15日 - オブザーバー
(脱退?)
アゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン 1991年
12月21日
1993年
9月24日
1993年
12月14日
加盟国 - 1993年9月24日
1999年に撤回
創設時加盟国
(1997年以降)
-
カザフスタンの旗 カザフスタン 1991年
12月21日
1991年
12月23日
1994年
4月20日
加盟国 創設時加盟国
(2000年以降)
1992年5月15日 - 創設時加盟国
(2002年以降)
キルギスの旗 キルギス 1991年
12月21日
1992年
3月6日
1994年
4月12日
加盟国 創設時加盟国
(2000年以降)
1992年5月15日 - 創設時加盟国
(2002年以降)
モルドバの旗 モルドバ 1991年
12月21日
1994年
4月8日
1994年
6月27日
加盟国 オブザーバー
(2003年以降)
未批准 創設時加盟国
(1997年以降)
-
ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン 1991年
12月21日
1992年
1月4日
1994年
2月9日
加盟国 加盟国(2006-2008)
脱退(2008年以降)
1992年5月15日 加盟国 (1999-2005)
脱退 (2005年以降)
創設時加盟国
(2002以降)
タジキスタンの旗 タジキスタン 1991年
12月21日
1993年
6月26日
1993年
8月4日
加盟国 創設時加盟国
(2000年以降)
1992年5月15日 - 創設時加盟国
(2002年以降)

2018年現在、独立国家共同体に加盟しているのはロシア、カザフスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、キルギス、ベラルーシ、アルメニア、アゼルバイジャン、モルドバの9か国である。ソ連を構成した全15国のうち、バルト三国はCIS設立前に独立したうえ、バルト諸国占領以来のソ連による過酷な支配から反ロシア意識が強く、CISには参加せず、欧州連合(EU)と軍事同盟であるNATOに加盟した。

CIS加盟条約は12か国が批准しており、1993年1月22日にCIS憲章が制定されるまでは、CIS創設協定がCISの主な規約となっていた[20]。CIS憲章の2章7項によって、加盟国はCIS憲章を批准した国家と公式に定められた。この憲章はウクライナとトルクメニスタンの2か国が批准していないため、この両国は正式な加盟国とはなっていない。しかしトルクメニスタンは憲章未批准にもかかわらず一貫してCISに招かれており、まるで加盟国のような状態にある。2005年8月26日にはトルクメニスタンはCISの資格を「準加盟国」に変更し、国連の認識する中立状態に合致するようにした[21][22]。ウクライナは創設時参加国の一つであり、1991年12月には加盟を批准したものの、CIS憲章の批准は拒否した[23][24]。これは、ロシアがソビエト連邦の唯一の法的な後継国家となることに同意しなかったためだった。このため、前述の憲章によればウクライナはCISの加盟国ではなかった[25][26]ものの、CISへの参加は認められ続けていた。1994年には、ウクライナはCIS経済連合の準会員となっていた[27]。またジョージアは1994年にCIS憲章を批准し加盟したものの、2008年に批准を撤回して脱退した。

2014年クリミア危機によってロシアとウクライナの関係が極度に悪化し、ウクライナは2014年3月19日に脱退の意向を表明した[要出典]。2016年11月には、パヴロ・クリムキン外相が、同国のニュースチャンネル「112ウクライナ」とのインタビューで、脱退に向けた準備を進めていることを確認した[28]。ウクライナのぺトロ・ポロシェンコ大統領は2018年04月12日、独立国家共同体(CIS)の枠組みから離脱することを正式に表明し、離脱に関する法案の準備とミンスクのCIS本部からのウクライナ代表部の完全撤収を指示したことを明らかにした[29]。しかし公式サイトによれば、2023年時点でもウクライナは参加国のままである。

なお、議長国は持ち回りで務めるが、客員参加国でも議長国となることが可能である。実際に2012年にトルクメニスタンが議長国を務めている。また2014年の議長国はウクライナであったが[30]2014年ウクライナ騒乱およびその後のクリミア危機の影響で議長国の座から退いた。2014年の議長国はベラルーシ(2013年の議長国)とカザフスタン(2015年の議長国予定)が共同で務めた[31]

執行書記

[編集]
ビシュケクで2008年に集合したCIS加盟各国の指導者
執行書記 出身国 在任期間
Ivan Korotchenya  ベラルーシ 1991年12月26日 – 1998年4月29日
ボリス・ベレゾフスキー ロシアの旗 ロシア 1998年4月29日 –1999年3月4日
Ivan Korotchenya  ベラルーシ 1999年3月4日– 1999年4月2日
ユーリ・ヤロフ英語版 ロシアの旗 ロシア 1999年4月2日 – 2004年6月14日
ウラジーミル・ルシャイロ ロシアの旗 ロシア 2004年6月14日 – 2007年10月5日
セルゲイ・レベジェフ ロシアの旗 ロシア 2007年10月5日 – 在任中

CIS首脳会議

[編集]
  • 1991年12月 - ベロヴェーシの森(ベラルーシ)、アルマトイ(カザフスタン)
  • 1992年10月 - ビシュケク(キルギス)
  • 1993年4月 - ミンスク(ベラルーシ)
  • 1994年10月 - モスクワ(ロシア)
  • 1995年5月 - ミンスク(ベラルーシ)
  • 1996年5月 - モスクワ(ロシア)
  • 1997年1月 - モスクワ(ロシア)
  • 1998年4月 - モスクワ(ロシア)
  • 1999年4月 - モスクワ(ロシア)
  • 2000年6月 - モスクワ(ロシア)
  • 2001年10月 - モスクワ(ロシア)※創立10周年
  • 2002年10月 - キシナウ(モルドバ)
  • 2003年9月 - ヤルタ(ウクライナ)
  • 2004年9月 - アスタナ(カザフスタン)
  • 2005年8月 - カザン(ロシア)
  • 2006年10月 - ミンスク(ベラルーシ)
  • 2007年10月 - ドゥシャンベ(タジキスタン)
  • 2008年10月 - ビシュケク(キルギス)
  • 2009年10月 - キシナウ(モルドバ)
  • 2010年5月 - モスクワ(ロシア)
  • 2011年9月 - ドゥシャンベ(タジキスタン)※創立20周年
  • 2012年5月 - モスクワ(ロシア)
  • 2012年12月 - アシガバート(トルクメニスタン)
  • 2013年10月 - ミンスク(ベラルーシ)
  • 2014年10月 - ミンスク(ベラルーシ)
  • 2015年10月 - Burabay(カザフスタン)
  • 2016年9月 - ビシュケク(キルギス)
  • 2017年10月 - ソチ(ロシア)
  • 2018年10月 - ドゥシャンベ(タジキスタン)
  • 2022年10月 - アスタナ(カザフスタン)[18]
  • 2022年12月 - サンクトペテルブルク(ロシア)[32]

経済

[編集]

上記のとおりルーブル圏の維持が1993年に破綻したのち、1994年にはトルクメニスタンを除く11か国によって自由貿易圏創設協定が締結された[33][34]ものの、実際には発効しなかった。

その後、FTAとは別に加盟国間でロシアを中心とした経済統合の動きが起こり、ベラルーシ・カザフスタン・タジキスタン・キルギス・ロシアの5か国は2000年10月にユーラシア経済共同体(EurAsEC)を結成した。2010年1月にはロシア・ベラルーシ・カザフスタンの3か国がユーラシア関税同盟を結成し、さらに統合の度合いを深めた。2015年1月にはユーラシア経済共同体が発展的解消して、ベラルーシ・カザフスタン・ロシアによってユーラシア経済連合が結成され、アルメニアおよびキルギスも同年中に加盟した[35]

その後の2011年10月18日、CIS加盟国のうちロシア・ウクライナ・ベラルーシ・カザフスタン・キルギス・タジキスタン・モルドバ・アルメニアの8か国によって自由貿易協定(FTA)が締結され、独立国家共同体自由貿易地域が成立した[36]。2012年9月にはロシア、ベラルーシ、ウクライナの3か国が批准を行ったために条約が発効し[33][37][38][39]、2012年末までにはカザフスタン、アルメニア、モルドバも批准を完了した[40][41]。2013年12月にはウズベキスタンが条約に署名し、その後に批准した[42][43]。署名したうちで残る2つの未批准国であるキルギスとタジキスタンも、2014年1月と2015年12月にそれぞれ批准を済ませた[44][45]。こうして、CIS自由貿易協定の加盟国は9か国となり、CIS内で自由貿易協定に参加していないのはアゼルバイジャンのみとなった。

一方で、2016年1月1日よりウクライナとEUとの自由貿易協定である深化した包括的自由貿易協定英語版(DCFTA)が発効したが、これに先立ってロシアは同日よりウクライナとのFTA関係を停止する大統領令を発布した[46]

加盟各国の経済データ

[編集]
人口

(2015年)

GDP 2007年

(USD)

GDP 2012年

(USD)

GDP成長率

(2012年)

一人当たりGDP

(2007年)

一人当たりGDP

(2012年)

ベラルーシ 9,475,100 45,275,738,770 58,215,000,000 4.3% 4,656 6,710
カザフスタン 17,417,447 104,849,915,344 196,642,000,000 5.2% 6,805 11,700
キルギス 5,776,500 3,802,570,572 6,197,000,000 0.8% 711 1,100
ロシア 146,270,033 1,294,381,844,081 2,022,000,000,000 3.4% 9,119 14,240
タジキスタン 8,610,000 2,265,340,888 7,263,000,000 2.1% 337 900
ウズベキスタン 31,025,500 22,355,214,805 51,622,000,000 4.1% 831 1,800
アゼルバイジャン 9,356,100 33,049,426,816 71,043,000,000 3.8% 3,829 7,500
モルドバ 3,558,200 4,401,137,824 7,589,000,000 4.4% 1,200 2,100
アルメニア 3,022,000 9,204,496,419 10,551,000,000 2.1% 2,996 3,500
このデータは、国際連合の統計部門とアメリカ中央情報局のデータによる。[47]

その他

[編集]

CIS諸国の交通

[編集]

これらの鉄道は1520mm広軌であるために今でも頻繁に国際列車が運行され、ソ連時代からのエレクトリーチカや客車が各国で使用され、各国で様々な内装や塗装に変更され、個性ができている。CISは広大であるが電化率は高く、中央アジアでも電気機関車やエレクトリーチカが走っている。しかし、EUに加盟したバルト三国や、NATOに加盟をしようとしているウクライナではヨーロッパの標準軌ではないためにボトルネックとなり、フリーゲージトレインが使用されている区間がある。

高速鉄道は、ロシアのモスクワとサンクトペテルブルクとの間およびモスクワとニジニ・ノヴゴロドとの間で、ドイツの高速鉄道を現地化したサプサン号が、ウズベキスタンのタシュケントとサマルカンドとの間で、スペインの高速鉄道を現地化したアフラシャブ号が運行されている[48][49]

脚註

[編集]

註釈

[編集]
  1. ^ 後述の通り「参加」の実態には各国で温度差がある。

出典

[編集]
  1. ^ http://mfa.gov.by/en/organizations/membership/list/c2bd4cebdf6bd9f9.html
  2. ^ 石川一洋 (2021年12月22日). “CIS独立国家共同体創設30年”. NHK 解説委員室. 日本放送協会. 2021年12月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年6月22日閲覧。
  3. ^ 猪股浩司 (2006年12月15日). “創設15年を経たCIS―進む形骸化と域内多様化”. コラム. 公益財団法人日本国際問題研究所. 2024年6月22日閲覧。
  4. ^ a b 高橋淳 (2018年4月16日). “ウクライナ、CISからの離脱を正式表明”. ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース. 独立行政法人日本貿易振興機構. 2024年6月22日閲覧。
  5. ^ グルジアがCISから正式に脱退”. ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース. 独立行政法人日本貿易振興機構 (2009年8月20日). 2024年6月22日閲覧。
  6. ^ 旧ソ連構成国でもロシアの威信低下、盟友のベラルーシ大統領「誰もが我々を恐れて尊敬した」と振り返る”. 読売新聞. 株式会社読売新聞東京本社 (2023年10月14日). 2024年6月22日閲覧。
  7. ^ 『現代国際関係の基礎と課題』内第1章「第二次世界大戦後の国際関係」河内信幸(建帛社、平成11年4月15日初版発行)p.21
  8. ^ 『現代国際関係の基礎と課題』内第8章「ロシア・旧ソ連諸国」野田岳人(建帛社、平成11年4月15日初版発行)p.143
  9. ^ 「現代国際関係の基礎と課題」内第8章「ロシア・旧ソ連諸国」野田岳人(建帛社、平成11年4月15日初版発行)p.144
  10. ^ 『現代国際関係の基礎と課題』内第8章「ロシア・旧ソ連諸国」野田岳人(建帛社、平成11年4月15日初版発行)p.147
  11. ^ 小泉悠『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社、2016年4月30日第1刷発行)p.98
  12. ^ “残された核の脅威”. ニューズウィーク日本版(1992年1月16日号). TBSブリタニカ. (1992-1-16). p. 18. 
  13. ^ 『現代国際関係の基礎と課題』内第8章「ロシア・旧ソ連諸国」野田岳人(建帛社、平成11年4月15日初版発行)pp.148-149
  14. ^ 『現代国際関係の基礎と課題』内第8章「ロシア・旧ソ連諸国」野田岳人(建帛社、平成11年4月15日初版発行)pp.149-150
  15. ^ 『現代国際関係の基礎と課題』内第8章「ロシア・旧ソ連諸国」野田岳人(建帛社、平成11年4月15日初版発行)p.149
  16. ^ 『現代国際関係の基礎と課題』内第8章「ロシア・旧ソ連諸国」野田岳人(建帛社、平成11年4月15日初版発行)p.151
  17. ^ 『現代国際関係の基礎と課題』内第8章「ロシア・旧ソ連諸国」野田岳人(建帛社、平成11年4月15日初版発行)p.152
  18. ^ a b c プーチン氏、勢力圏で求心力衰え 旧ソ連諸国が距離”. 日本経済新聞. 株式会社日本経済新聞社 (2022年10月14日). 2024年6月22日閲覧。
  19. ^ 「永遠にさらばだ、ソビエト連邦よ」、グルジアがCIS脱退へ AFPBB(2008年08月13日)2017年3月12日閲覧
  20. ^ CIS Charter, 22 January 1993 (unofficial English translation). Russian text here
  21. ^ Decision on Turkmenistan's associate membership[リンク切れ], CIS Executive Committee meeting in Kazan, Russia, 26 August 2005 (ロシア語).
  22. ^ Turkmenistan reduces CIS ties to "Associate Member", Radio Free Europe/Radio Liberty, 29 August 2005.
  23. ^ Conflict in the Former USSR. https://books.google.com/books?id=O-v2Uhprr7cC&pg=PA44&dq=Ukraine+did+not+choose+to+ratify+the+CIS+Charter&hl=nl&sa=X&ei=PLSgUqm1McGR1AX16IGwAw&ved=0CDMQ6AEwAA#v=onepage&q=Ukraine%20did%20not%20choose%20to%20ratify%20the%20CIS%20Charter&f=false 25 September 2014閲覧。 
  24. ^ Russia and Nis Mineral Industry Handbook. https://books.google.com/books?id=to6U__f00b8C&pg=PA16&dq=Ukraine+founding+countries+CIS&hl=nl&sa=X&ei=07SgUvqLIIHJ0AWo2oCwBQ&ved=0CDMQ6AEwAA#v=onepage&q=Ukraine%20founding%20countries%20CIS&f=false 25 September 2014閲覧。 
  25. ^ Ratification status of CIS documents as of 15 January 2008 Archived 30 October 2008 at the Wayback Machine. (Russian)
  26. ^ September 2008 Statement by Foreign Minister of Ukraine Volodymyr Ohryzko, “Ukraine does not recognise the legal personality of this organisation, we are not members of the CIS Economic Court, we did not ratify the CIS Statute, thus, we cannot be considered a member of this organisation from international legal point of view. Ukraine is a country-participant, but not a member country”
  27. ^ Economic Interdependence in Ukrainian-Russian Relations. https://books.google.com/books?id=0IMaWuaYRnQC&pg=PA142&dq=CIS+Ukraine+membership&hl=nl&sa=X&ei=urWgUtGoNMLD0QWcwoGgAg&ved=0CHUQ6AEwCTgK#v=onepage&q=CIS%20Ukraine%20membership&f=false 25 September 2014閲覧。 
  28. ^ Украина – СНГ: полувыход из полуобъединения, что в итоге?」РИА Новости Украина 2016年11月10日(ロシア語)
  29. ^ ウクライナ、CISからの離脱を正式表明 | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース JETRO 日本貿易振興機構 2018年04月16日
  30. ^ http://www.cis.minsk.by/page.php?id=19109 (ロシア語)
  31. ^ Belarus, Kazakhstan may take over CIS presidency from Ukraine (英語)
  32. ^ 露 旧ソ連圏結束訴え 一部衝突、足並み乱れも」『毎日新聞』朝刊2022年12月28日(国際面)同日閲覧
  33. ^ a b ビジネス短信「CIS自由貿易協定、まず3ヵ国先行で発効(ウクライナ、ロシア、CIS、ベラルーシ)ジェトロ欧州ロシアCIS課(2012年10月9日)2018年9月10日閲覧
  34. ^ Free Trade Agreement Between Azerbaijan, Armenia, Belarus, Georgia, Moldova, Kazakhstan, The Russian Federation, Ukraine, Uzbekistan, Tajikistan And The Kyrgyz Republic” (PDF). 17 May 2016時点のオリジナルよりアーカイブ。23 July 2013閲覧。
  35. ^ ユーラシア経済連合が発足、アルメニアも正式加盟(カザフスタン、ロシア、アルメニア、キルギス、ベラルーシ)」ジェトロ欧州ロシアCIS課(2015年1月16日)2018年9月12日閲覧
  36. ^ 旧ソ連8カ国、自由貿易圏創設に調印 ロシア求心力回復か日本経済新聞(2011年10月19日)2018年9月10日閲覧
  37. ^ CIS Free Trade Agreement comes into force; Baker & McKenzi, Kyiv, Ukraine, Thursday, 18 October 2012, 18 October 2011
  38. ^ Russia’s Duma ratifies Eurasian Economic Union, odessatalk.com. Retrieved 22 June 2018.
  39. ^ CIS Free Trade Agreement comes into force; Baker & McKenzi, Kyiv, Ukraine, Thursday, October 18, 2012, Retrieved 22 June 2018.
  40. ^ Kazakhstan ratified agreement on Free Trade zone www.kaztag.kz. Retrieved 22 June 2018.
  41. ^ Armenia ratifies CIS free trade zone agreement, arka.am. Retrieved 22 June 2018.
  42. ^ Usbekistan: Protokoll über Beitritt zur GUS-Freihandelszone in Kraft getreten, de.ria.ru 28th December 2013. Retrieved 22 June 2018.
  43. ^ Uzbekistan joins CIS free trade zone, azernews.az. Retrieved 22 June 2018.
  44. ^ Dushanbe ratifies agreement on CIS free trade area, Vestnik Kavkaza. Retrieved 22 June 2018.
  45. ^ Tajikistan ratifies CIS Free Trade Zone Agreement, AKIpress. Retrieved 22 June 2018
  46. ^ Russia suspends FTA with Ukraine as EU agreement looms Information for Investors (2015年12月17日)
  47. ^ The World Factbook”. 2017年3月17日閲覧。
  48. ^ ロシアの高速列車「サプサン」、静かに運行開始”. AFPBB News. 株式会社クリエイティヴ・リンク (2009年12月20日). 2024年6月22日閲覧。
  49. ^ 鈴木博美 (2015年9月21日). “【ウズベキスタン見聞録(3)】昔ラクダ、今はスペイン製の新幹線 「アフロシャブ号」で青い都へ”. 産経ニュース. 株式会社産経デジタル. 2024年6月22日閲覧。

関連項目

[編集]

ロシアを含む国家間協力枠組み

[編集]

外部リンク

[編集]