遮蔽 (図学)
遮蔽(しゃへい、英: occlusion)は図学において3次元空間内の物体が手前にある別の物体によって隠れることである[1][2][3]。オクルージョンとも[1][2]。
概要
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人は「奥にある物体は手前にある物体で隠れて見える」ことを直感的に理解できる。これは奥の物体から放たれた光が手前の物体によって阻まれ人の目に届かないことで起きている。この現象が遮蔽である[1][3][4]。
3次元空間と2次元平面の関係を研究する図学ではこれを投影の重なりとして定式化できる。これにより遮蔽が起きるか否かは物体同士の位置関係およびカメラの位置に加え、投影方式が重要であることがわかる[要出典]。
人は遮蔽を直感的に理解しているため、遮蔽は人工的に作られた画像(絵画やCG)のリアルさに大きく関わる。絵画における重畳遠近法、3次元コンピュータグラフィックスにおける隠面消去やアンビエントオクルージョン[5]、拡張現実におけるARオクルージョン[6]は遮蔽を実現・活用するための技法である。
重畳遠近法
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ヒトは遮蔽を認識し物体の前後関係を自然に知覚する。視覚芸術においてこの知覚特性を遠近法に利用したのが重畳遠近法である[8]。重畳遠近法ではキャンバス/画面に複数のモチーフを配置する際、「手前と認識させたいモチーフ」を「奥と認識させたいモチーフ」の上へ部分的に被せて描画する[7][10]。絵は平面であり物理的な遮蔽関係を持たないが、ヒトは前記の知覚特性によりこの絵に遮蔽関係を見出しそこから遠近感を得る。つまりモチーフの重なり表現により遮蔽の錯覚・遠近の錯覚を起こす技法が重畳遠近法である。なお、逆にモチーフを重ねないと平面感が増す[10][11]。
重畳遠近法は物体の前後関係、つまり「前か後ろか」という二値的な遠近感を惹起する。しかし他の遠近法と異なり、2つの物体間の重畳遠近法では前後の距離感つまり連続的な深度・奥行き感を表現できない。重畳遠近法で複数段階の奥行き感を表現するには複数の物体に遮蔽関係を設定する(Aの後ろのBの後ろのC)必要がある[12][13]。
重畳遠近法は構図のレベルで成立する[14][15](詳細は 構図#重なりによる奥行き感)。他の遠近法・図法との関係では、透視投影と平行投影の両者で自然に重畳遠近法が成立する。
人類最古の絵画から重畳遠近法の利用が見て取れる[16](図参照)。また重畳遠近法を意図的に矛盾させた作品も存在する(例: ルネ・マグリット『白紙委任状』)。
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ a b c "手前にある物体が後ろにある物体を遮蔽(オクルージョン)" p.170 より引用。工藤, 博章 (2017). “立体映像における現実感向上のためのオクルージョン領域を対象とした眼球運動の分析”. 電子情報通信学会 基礎・境界ソサイエティ Fundamentals Review 10 (3): 169–175. doi:10.1587/essfr.10.3_169 .
- ^ a b "オクルージョンは 3 次元世界で,前にある対象が後ろにある対象を隠す状態をいう." 以下より引用。工藤. (2021). 研究成果報告書 - 高精細映像受容時のオクルージョン知覚機構に関わる視覚情報処理の分析. 科学研究費助成事業データベース.
- ^ a b "遮蔽物により認識対象の一部分が隠されてしまう ... つまり、物体同士の重なり合い(オクルージョン)により認識対象の部分的な情報しか得られない" 以下より引用。先端ネットワーク研究室. オクルージョンを考慮した花札画像認識とその応用に関する研究. 北海道大学先端ネットワーク研究室HP. 2024-08-12閲覧.
- ^ "作業員と建機がお互いにオクルージョンする場合,作業員が完全に見えなくなり" 以下より引用。 肖. (2022). 建設現場におけるオクルージョンを考慮した作業員と建機の追跡に関する研究. 土木学会論文集F3(土木情報学), Vol. 78, No. 2, I_189‐I_198.
- ^ "アンビエントオクルージョン ... シーン内の環境光(ambient)がどの程度さえぎられている(occlusion)かを計算するレンダリング方法" 以下より引用。“CG用語辞典 - アンビエントオクルージョン/Ambient Occlusion(AO)”. CGWORLD. 2025年2月2日閲覧。
- ^ "オクルージョン後のARイメージで ... オブジェクトによって,橋梁のモデルが遮蔽されている" p.II_40 より引用。伊藤, 廣紀 (2013). “3次元空間情報を用いたモバイルARのためのオクルージョン手法”. 土木学会論文集F3(土木情報学) 69 (2): II_36–II_42. doi:10.2208/jscejcei.69.II_36 .
- ^ a b "重畳遠近法 ... 物体の重なり方(上下関係)で遠近を表す." p.1 より引用。姉川, 正紀 (2014). "遠近法とボケの関係". 日本美術教育研究発表会. 2014: 1–7.
- ^ a b "重畳遠近法 ... 遠近表現" 武蔵野美術大学 2007a より引用。2024-07-21 閲覧.
- ^ "重畳遠近法 occlusive perspective" 以下より引用。日本図学会. “図学辞書(簡易版)”. 2024年7月18日閲覧。
- ^ a b "適度な重なりがあること ... 完全に分離して見えるのでは重畳遠近法が成り立たず、奥行感が減じてしまう。" p.182 より引用。窪田, 陽一 (1984). "視覚構造に基づく景観の資源論的解析に関する研究 - 多島海景観を事例として -". 土木計画学研究・論文集. 1: 179–186.
- ^ "《マグノリアのある静物》では物体同士が重畳遠近法によって相対的な位置関係を明らかにしているが、《オセアニア》のモチーフは一切重なり合うことがなく、物理的な距離感覚を掴むことが困難である。" p.10 より引用。村山, 正碩 (2025). "自己表現の二つの意義: 自己理解と自己変容". Contemporary and Applied Philosophy. 16: 1–16.
- ^ "平面的に重なり合う山並 ... そこに見出すことが出来る遠近法は、重なり合う平面の重層により奥行き感を出す遠近法、すなわち重畳遠近法" 岸本 2020, p. 44 より引用。
- ^ "重層性に ... 重畳遠近法による空間の奥行きを感じ取ることが出来る" 岸本 2020, p. 46 より引用。
- ^ "重なりを意識して構図を設定 ... 重なりをつけることで,遠近を表現" p.89-90 より引用。黒田, 恭史 (1998). “画法の発展史の学校数学への導入に向けて - 小学校 5年生の描画に着目して-”. 数学教育学会誌 39 (1-2): 89-94. doi:10.34323/mesj.39.1-2_89 .
- ^ "景観写真の構図 ... 景観写真を用いた印象評価実験と因子分析の結果を踏まえ、『象徴性』と『重畳性』の2軸に ... 類型化" p.451 より引用。阿久井, 康平 (2021). “来訪者の視点からみた篠山盆地を構成する山並みに着目した眺望景観の視覚的特徴”. 都市計画論文集 56 (3): 445–452. doi:10.11361/journalcpij.56.445 .
- ^ "壁に描かれた動物の絵 ... ショーヴェ洞窟 ... いまから3万年前の、人類最初の芸術作品 ... 遠近法 ... など、いまだかつて発見された中で最も古い絵画技法のあとも残されています。" 以下より引用。France.fr編集部 (2015年3月4日). “ポン・ダルクの洞窟:アルデシュのショーヴェ洞窟を再現”. フランス観光開発機構. 2025年2月7日閲覧。
参考文献
[編集]- 武蔵野美術大学 (2007a). “遠近法”. MAU造形ファイル. 2024年7月22日閲覧。
- 岸本, 和彦 (2020). "縮景の手法による居住空間の設計に関する実践的研究 -スケッチを介した自然風景の縮減とアナロジー-". 早稲田大学レポジトリ: 1–304.